抗精神病薬(メジャートランキライザー)について徒然に

最近観念論が多かったので、薬そのものの勉強的な話をしてみようと思う。いつも言っているようにこれは個人的考えであって、決して教科書になど載っていないということ、何より薬の基本について自ら勉強しようとしない限り、ここに書いてあることを理解することさえできないということを知らねばならない。何回かに分けて抗うつ薬や抗不安薬についても書いていきたい。すべての薬についての基本的効用や適応病名などは書かない。

リスパダールについて
リスがメジャーの中では一番抜きやすい薬であると思う。ジプやエビのほうが断然抜きにくい。副作用もメジャーの中では「まだまし」なのは確かである。ルボックスやデプロメールと併用してはいけない薬の一つである。リスは強迫を減らさない、むしろ増やすことをよく見かける。リスもジプもそうだが粉をよく使う。錠剤の量が基本的に多いからである。昔は1mgより下がなかったので、普通の精神科医も患者もそれでやめてしまうだろうが、すさまじく危険である。0.5mg錠が出たので少しましだが、粉などを使って0.8→0.6みたいな感じで減らしていく。リス0.1mgなんて処方もする。ちなみにコンスタとかインヴェガとかは有害が著しく、飼い殺しにするために薬でしかない。糖尿病にはいうほどならない印象だが、いないわけではない。壁が4mgと1mg前後にあるといつも感じるので、減薬時は特に注意。プロラクチンが高くなりやすいので、女性は注意が必要。

ジプレキサについて
太る薬ナンバーワンであることは皆さんご承知の通り。しかし抜いた時最も恐るべき禁断症状が出る薬だと私は思っている。最近リスよりも売り上げが伸びてきている感じだが、まさに末期症状である。基本的に破瓜型タイプに使うシロモノだが、ジプを使うとまさに本人が破瓜型になってしまう。食べれないだけとかうつっぽいだけ→ジプ投与→薬変更→錯乱、支離滅裂ってな感じで何人被害者かわからない。ジプはリス以上にルボやデプとは併用できない。眠気はリスより強く、強迫を増やすのはリスと同じ。振戦とかジストニアとかジスキネジアとかもジプのほうが多い印象がある。親にとっては非常に都合がいいメジャーで、前医の処方の仕方で親子関係も見えてくるくらいだから面白い。ジプは5mg前後によく壁を感じる。多い時に減らすのは簡単な部類である。

セロクエルについて
ただの眠剤という人もいるが効用的には抑えて食べさせるという点で、ジプと大差ない。ジプがしょぼくなったという以上には感じないが、抜くときに錯乱が起こる点ではジプに似る。ただジプよりはましかもしれない。糖尿病はもしかしたらジプより多いかもしれない。依存性は少ない気がする薬で、減らしている途中に禁断症状が出ないことも多い。出る人はあるタイミングから急に悪くなるが、やはりこれももともと持っていた症状とは異質の、もっとひどい症状が出る=「わけわからん」って感じの人間になる。

エビリファイについて
この薬は功罪がはっきりした薬である。一番精神科医(繰り返すが私は精神科医じゃない)の腕が見える薬といえるかもしれないし、最も凶悪な薬であるといえるかもしれない。一言でいえば分裂病には使えない。覚醒剤という名前がぴったりのメジャーで、その意味でも異質。睡眠薬をセットに出されるようなるのもその影響である。エビは副作用少ないというは幻想でしかない。確かに錐体外路症状などは他のメジャーより少ないが、メジャーの中での依存性は最凶である。また睡眠薬など必ずベンゾ依存させるように仕向けてくれるありがたい精神薬である。目は醒めるので引きこもりでどうしようもない場合になら、使用ありかもしれないがいかんせん怖い。自殺励起が多いメジャーである。メジャーとエビを併用している精神科医が多いが、私にはさっぱりわけがわからない話である。エビと抗うつ薬は添付文書上禁忌になってないが、最も危険な組み合わせである。即効性はさっぱりない薬である。

ロドピンについて、ロナセンについて
自分で使うことは絶対ない薬である。引き継ぎか減薬時しか処方箋には書かない。私にとっては悪いイメージしかない薬で、依存や禁断症状も強く、しかも幻覚さえ碌にとれない精神薬無能の代名詞たちであろうか。これで病状がとれているという人は、ただ過鎮静されて考えが出なくなっているだけである。躁というか興奮している人を強制的に抑えるのには効くかもしれない。この薬たちはどこに壁があるかもわからずCP換算があてにならない。すごく微量に減らしてもおかしくなる時があると思えば、一気に(患者が)減らしても平気という時もある。錐体外路症状はひどいのをよくみかけるが、糖尿病というのはあまりみかけない。

ルーランについて
笠陽一郎は水と評したが、水とまではいえないものの効果がはっきりしないメジャーであることは間違いない。最大量増やさないと期待される薬効さえでないし、その量使うと副作用が間違いなく出るので、これまた無駄なメジャーの代表格だろう。

オーラップについて
あまり誰も使わないタイプだが、たまに私は使うことがある。自閉症でも適応病名が通っているが、その通りいわゆる古典自閉症でも少し効果がみられる薬かな?と思う。抗うつ薬的に作用して自閉性をとるので、抗うつ薬とは併用できない(実際禁忌)。暴力的な副作用が発生することがあり、基本的に注意点は抗うつ薬に似ると思われる。

自分の体験、これはさすがに違うと思う、などご意見なればいつでもどうぞ書き込んでください。
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概ねおっしゃるとおりですが・・・スレ違いですが・・根本論

何故減薬・断薬する必要があるか窺いたい
長期服用したクランケが「思想」に便乗して帰依したとする・・
最終行き着く先は何処か・・内海聡先生に伺いたいのです

社会で病者が生き抜く場合、所得補償は必須です
加算も必須でしょう

法治国家とはいえ実態は法は国家の為にあり国民の益でない
医師は国家資格でありながら人徳を負う義務がある

この段階で既にご指摘の観念論ですが

医師は逡巡しなければならない
国家の為に寄与するか患者を優先するか
これが医師の資質かもしれない

若年医師には不可解かもしれないでしょう
でもそれが社会であり政治かもしれない

物事割り切れないのです
ご見解を・・・・

依存薬物に精神が支配された人生など、誰も送りたくないから、減薬断薬するんでしょう。

法がなければ、酒に依存して死のうとも、覚醒剤に依存して死のうとも、個人の自由なのですが、

法がなくても、本当の意味で、それは幸せな人生の送り方、ではありません。

もちろん、最初は誰しも精神科医にだまされて、向精神薬に依存させられたわけです。

社会的弱者だから、その人の人生は覚醒剤が必要なのだ。
などという馬鹿げた意見を信じなくてもいいと思います。

終末期医療であるまいし、
最初から最期まで、向精神薬が生きるのに必要な人間なんて、この世に一人もいません。

No title

クスリの副作用はしんどいです。
今は減薬して、なんとかなっていますが。まだ飲み過ぎてるかも知れません。
障害者はやっぱり負の存在らしいですよ。
cchrの人じゃないですけど。
みんな理想の社会を目指して頑張っておられるのでしょうね。
今は、まったく現実的に思えない事ですけど。
人類は進歩してきた歴史もあるから、この先も良くなるんじゃないかな。

No title

私も医師ですし、CCHRの会員ではないわけですから、精神薬を出すことはあり得ます。そこは思想に違いがあってもかまわないと思います。私の家族に対する個人的意見(=絶対飲ませない)を、必ず皆が聞かなければいけないわけでもありません。

しかしそこでも減薬、断薬する理由は
1.元々病気といえるかどうかも疑わしい人が圧倒的に多い
2.薬の副作用のせいでひどくなっている
3.依存によってさらにひどくなっている
4.親や周囲の都合で飲まされた人が多い
5.そもそも薬剤性精神病(薬の副作用ではなく)が多い

ということがあるからです。つまりこれらを助けることは国を救うことになります。本質的に考えれば国が反対するわけなく、国が精神医療に騙されていることを悟れるかどうかになります。国と精神医療はもちろん同一ではありませんから。

その中で本当に精神病といわざるを得ない人は、確かに存在すると思うから(私の中では一般の1%ではなく、患者の中で1~2%くらい)出す人もいるわけです。特に長期的に飲まされてしまった人は、もし精神薬が麻薬だったり覚醒剤だったり毒だったりしても、結局禁断症状でもっと酷い目にあうかもしれません。少数ですがなにも精神医療に携わっていない段階(薬を飲んだことがない段階)で、幻覚妄想バリバリで自殺他害しそうな人もいるわけですから。そういう人には精神薬は常に議論にはなるでしょう。

最後は自業自得が私のポリシーですから、覚醒剤でも麻薬でもそれに浸りたい人は浸ればいいわけですが、投与しながら「親は子供を思いやってるんです」などと言われればキレますけどね。せめて猛毒を投与していること自覚しろと言いたい。親に一回これ飲んでみたらといって、本気で飲んだ人みたことないですよ。要するに自分は飲みたくないのに子供には飲ませる親ばっかりなのです。

本当に所得補償(生保や障害年金)が必要な人は、実は限られているのです。そうでない99%の人をそのサイクルに引き込み、儲けているのが精神医療の実体。その人がどうしても働けないというなら働かないでひっそり暮らせばいいし、働けそう働きたいという人はすべてそれを目指すようするのが基本だと思います。精神科医なんて全国に500人くらいいれば十分で、その500人の動向を薬剤師や心理士も独立させて監視すればいい。全国に本当の精神系患者なんて数万人だと思います。他の精神科通院患者290数万人は、「被害者」か、「通うの無駄なだけの人」でしかありません。

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根本的に内海先生は資本主義市場原理の方ですね?

赤穂浪士であり織田信長である
征夷大将軍でもある

王道ではなく覇道を行こうとされる
負けたらそれは負けた方が悪い

騙す側より騙される側が悪いのですね?
それも一理

馬鹿は馬鹿、雑魚は雑魚
ブッシュ大統領に思想は似ているでしょうね
アングロサクソンであり覇権主義

俺に付いて来い・・でも付いて来れなければそれはそいつの責任

ある意味究極の精神科医かもしれないですね
妥協を一切拒絶する

白か黒か
無罪か死刑

私も若い頃はそうでしたね


座禅をされるといいのでは
お遍路に行けば考えが変わります

将軍は二等兵の事を考えるものです


僭越ながら大企業の経営にはどうかと思います
リーダーシップとパートナーシップ

信長の野望と三国志は覇道です



人は王道を歩まねばならない
義であり愛です

観念論で失礼!

比叡山延暦寺を本当に焼討するのですか?

秀吉は坊主を逃がしましたが・・

私なら江戸城無血開城です。話し合い

西郷と勝
大久保より西郷が好きです
西郷人気は日本人の魂です。大久保は権力にしがみ付いた
負けるが故に美しいのです

聞け、わだつみの声

減薬に必要な処方なら、CCHRの会員だろうと何だろうと、必要な量は処方すると思いますよ。
よく知らないですけれども。

精神医療の非人道的な行為を知った上で、それでも人を助けていくか、

それとも、人を助けるのをあきらめて、一部の患者は薬物に溺れさせてもよいと、自分を正当化するか。

前者には強い精神力がいります。
後者は、良識派などの、どうでもいい精神科医の末端だと思います。

同じ減薬ですら、患者さんを助けようとする気持ちでやるのか、患者を離脱症状で苦しめてやろうとする気持ちでやるのかは、全く違う意味を持ちます。

いい医師に巡り会えるかどうかで一生が決まります

それだけのことです
強いて言えば医師も進化します
患者も年を取ります

無知な医者、悪意な医者がいるとすれば
それ自体が論外です

私の今までの担当医はいい医師ばかりでしたが

人として信頼出来ると言うのが一番大きいです
技術以前の問題です

一種の信仰心です

No title

「何より薬の基本について自ら勉強しようとしない限り、ここに書いてあることを理解することさえできないということを知らねばならない」

これも、なんか、『はだかの王様』っぽいですね。

心の欲する処に従えども則を越えず

若い医師には無理です

No title

「医療を変えたいのなら、医者になるのが早道」なら、精神医療を変えたいのなら、精神科医になってしまえば良いのではないでしょうか。
セカンドオピニオン医、減薬・断薬医として患者を助けるのも確かに重要だと思いますが、患者が本当に望むのは、ファーストで良いお医者さんに巡り会うことなのだし。
実際に精神科医にならなくても、精神科医の集まり等に出て、発表・講演をしたり、ディスカッションをして意見を戦わせたりしてみて欲しいなと思います。

本当の精神病又は精神薬抜けない数%なのか?

娘(22)、7歳から(癲癇、複雑部分発作(左))テグレトール処方、10歳時検査知能指数ボーダーラインと、その後いろんな薬試すが結局4年前からテグレトール(800㎎)
 抗精神薬は、高1幻聴リス(数ヶ月服薬)この時発達障害と初めて聞かされる。高3からジプ(10㎎)その間飲まない期間もあり入院しジプ(15)あっと言う間に20k太り、リスに変えるが生理が来なくなり、結局ジプ(15)、最近一ヶ月半かけて10㎎に減らす。《病歴、薬歴について簡略説明、もっと必要であれば追記します。》
 本人から薬の感想など聞けないので、症状が出てからしか解りません。幻聴、妄想がひどく、最近減薬した為より顕著になり、今後に不安です。来年弟の受験が終わったら減薬したいと考えているのですが、娘は精神の薬は抜く事は可能でしょうか?
 すみません、この様な書き込みでも良いのでしょうか?

No title

無知だなww
精神科医はディスカッションなんてしないよ。
講演とかもただのみせかけ。九電とおんなじだよww

もっと根源的です。いい医師が圧倒的に少ないという現実です

良質の医師は精神科医には通常なりません
精神科医になる概ねの事例は開業時設備投資が不要だから
であり処方箋交付事務であり楽だからです
且つ勤務医時代も看護師に丸投げで実態として何もしません
坊主まる儲けの状態です

サハラ砂漠をノルウェーの森にするようなものです
幼児にフルマラソンをさせるようなもの

これが精神医療の現実です
出来ない子供には何を言っても出来ません
出来ないという勇気も無い子供

一人の医師が如何に頑張っても無駄なのです

少なくとも日本の精神科医療水準の問題なのです
構造的問題であり事実上治癒出来ないのです

提案として言えるのは無難に現実に対応するということです
極端な理念を掲げない事です
それは患者を惑わします

まあいいやと思える程度で妥協して医師と患者が
医療という土台に立つ事でしょう

100%は不可能です
それは革命でありありえない


ここは医師が提供する患者などの交流の場でもあると思慮しますが・・

2011-12-07 23:42 peko さんへ

詳しくは東洋医先生よりご回答があるでしょうが雑感を少々

薬剤を全て抜くには相当の根性が要ります
家族の絶対的協力が不可欠です
また主治医が対応出来ない場合本人か家族がやる事に
なります。ノウハウはある程度確立しています
内海先生は実態として積極的に対応される医師です
転医という手段もあるでしょうね

ご自身の技術に自信がないのなら手の打ち様がありません
誰かに聞くのではなく自分で学習するのです
出来ないなら現状維持しかないでしょう

後は内海先生から書き込みがあると思いますよ

医者に何を期待するか・・それは「気休め」です。なんとなく安心感があるから

それは権威迎合で主体性が全くない
人は死ぬもので病むものです
医師が万能なら死はあり得ないし障害もない

なんとなく安心感がある
要するにモルヒネです

その意味で精神科医が合法的麻薬販売業であるのは当然です
いまさら批判すること自体に奇異感を持ちます

そもそも精神病は麻薬で治すものです
毒をもって毒を制す

ただそれだけ
薬害とやらを大きく取り上げるのは餓鬼です

適度に麻薬を投与すればいい

極論、麻薬はドラッグストアで公然と販売すべきで
医師は免許制でなく届出制にすればいい

全てに原始回帰

2011-12-08 03:42さんへ

 コメントありがとうございます。

最近変わった主治医は「今の患者さんの流行は増薬ですよ」と(持ち帰る薬の量かもしれませが)因って、ジプ15㎎→10㎎の減薬は私1人で(その時はアドバイザーがいましたが)行いました。

前回のノウハウはありますが、予期せぬ事に対応する自信がありません。ダメな自分を知っているので、解らなくなった時、適切な助言を得られる人は必要です。それによって安心と余裕ができます。

私の様な大学も出ていない主婦がちょっと勉強して、患者は1人(娘)とは言え、本当に単独で減薬していけませんよ‥‥ね‥

No title

>pekoさんへ
テグレ800mgは多いですが、これは脳外科や神経内科が出したものでしょうか?それによっても回答が変わりますね。ジプは一気に減らしすぎだと思います。5年以上メジャーを飲んでいて、知的障害的要素があるのならもう少しゆっくりのほうがいいでしょう。幻聴妄想があって行動はどうなのかとか、本人に薬の感想が聞けないってのが??ですので、それ以上答えようない感じです。

テグレトール、デパケンR

服用して一週間?ほどで、頻脈や動悸に息切れ。冷や汗や震えが止まらず、めまいと吐き気でふっらふらになった記憶があります。

初めての一人暮らしに戸惑っているだけの人間を、うつと判断していきなりこんな猛毒をぶちこむのが精神科や心療内科です。

子供じゃあるまいに逐一助言を求める方が異常です

ポイントを聞いて後はみんな自分でやってます
それが出来ないのは甘えているのです
通常見捨てられます

あり

 最終テグ800㎎は2008年(19歳)てんかんセンターにて処方、その後ジプを本人減らした事から悪化し、遠くの病院に通えなくなり、地元の精神病院に入院。癲癇の専門ではないので、そのままです。
 ジプは5㎎を2回に分けて2,5㎎減らした後3週間空けて2,5㎎減らしたのですが、早すぎましたか。それとも1,25㎎ずつでしたでしょうか?

 幻聴、妄想の為独語に家族は困っています。しかし思うのです、普段は会話はほとんで無いのに、独語になると機関銃の様にしゃべっているのはストレス解消なのかと。

 記憶力と言語の機能が薬の副作用か脳のそこに問題があるためか幼い頃から会話は苦手で「大丈夫」の一言で薬の事も終わります。

ただ、オセロ、トランプは本気でやっても負けてしまう事があります。(参考まで)
 
 後ひとつお聞きしたいのはテグレトールは抗精神薬でもあるのですか?

>子供じゃあるまいに遂一助言を求める方が異常です。
先生(医師)に薬の事聞くのは異常なのですか?

No title

14:46さんの言葉は悪いですが、的を得ており代弁してくれているのです。普通医師に薬の事を聞くのは異常ではないですが、そんな思想でいたらまず助かりません。本人もしくは本人が無理なら親などが、医師や薬剤師異常の知識を持たない限り、絶対に精神科地獄、精神薬地獄から抜け出せないというのが、譲りようのない現実なのです。

ジプの減らし方は過鎮静で妄想幻覚がないなら、そのペースでいいですが、ある以上話は変わってくる。またテグレトールはてんかんにも使いますが、躁うつ病などにも使う精神病薬で、かなり副作用が強い薬。それを800mgというのは相当の事情がないと出せない話です。

そもそも幼少期にテグレトール投与自体が異常です

この段階で大脳が全滅している
癲癇なら純粋にバルプロ酸を投与するでしょう
始めの一歩から根本的に間違っているのです
今更、壊れた大脳を元に戻せるはずがありません

終わった事なのです
これは医師が異常であるとともに家族の過失も非常に大きい

私の父は私の発症時、セレネースが処方されたので
自ら服用し体感していました

20年以上前のことですが薬剤が毒であるのは自明です
家族一丸となって治療に専念しました

不登校時代も何も言わず黙って見守り役
大学受験の前の不安時には家族で温泉にも行きました

修学旅行に行きたくないといえばそれでいいといい
無理はさせなかった

両親は自らの全てを犠牲にして私を救ってくれました
趣味も止め、今の今まで私の将来だけを心配している

年老いた両親のため私は家事の大部分をやっています
正直辛いけど

本気で子供に尽くすなら学歴の話など誰もしません
そもそもの心構えが間違っています

減薬以前の問題です
親として人間としてどうかということです
兄弟を比較してどっちを取るかなど母親の言う台詞ではない

テグレトールの知識など書物に出ています
基礎の基礎。とても減薬は出来ないでしょう。
手取り足取り教えてもらうのは幼稚です

全てに自学自習。小学生でもそうします
依存する人間はとことん依存します

医者を頼る事自体が大間違いです
考え方の根本が違う

私の事例 参考

中学時代、ニュートンという雑誌が創刊され大脳生理学に
興味を持ち医学書を遠方で購入し独学
中学の課程は概ね1年で独学し後は高校の課程を独学

高校時代は授業をサボり、大学の課程を独学
刑法、生理学・薬理学が好きで弁護士か医師になりたかった

挫折しましたが進学後、大学院レベルまで数学をマスターし
医学部に編入学しようとしましたが遠方なので中止

講義なり授業なり私には無縁です
全てに独学
下らない宿題は提出してません。逆らうのは当たり前です
白紙答案も山ほど出しました
問題を添削した事もある。教師に教わる事など何も無い

だったらバイトして酒でも飲みます
当たり前です

学校は教師のお守りをする施設、病院は医師にお布施を払う寺院

単純です

今の親たちの異常性。趣味と道楽。子供は放置。自分が一番大事な人種、それが現代の親です

現代っ子の親は自分勝手です
自らの趣味道楽を第一に子供は事実上見捨てている
形式上は子供のためといいながら
実態は子供から降り掛かってくる災難から逃れようとする
それが家族会です
典型的な偽善体質

ある自治体では県の補助金を得て家族会が早期介入の
講演会を各地で企画。市長部局と教育委員会にまで後援依頼

自分達を子供の害から守るために必死で同士を求めてる

出てくる講師は精神病院協会・診療所協会の幹部


全く子供が可愛いと思っていない
可愛いのは自分自身
自分の責任で子供が病気になったのに責任転嫁
最後は精神病院に捨て去るに決まってます

人として最低です
家族会に加入すると言う事はそれ自体893以下です

偽善医師・酒井美幸への質問状

精神医療を変えようと思い何故か
家族会に取り込まれ
NPO設立。理事は家族会幹部
グループホームを僻地に設立
患者の隔離政策。アパルトヘイト
あんたはそれでも医者か?

出来る事をやって生きます。

 先生、22:08さん、コメントありがとうございます。
きびしいお言葉、朝読ませて頂き、ずっと考えてました。

何度も落ち込む時、主人にその胸の内を話すと「その時その時私達は最善と思う事を一生懸命やっている」と言ってくれます。
 7歳で癲癇と診断される迄の1年半、いくつもの病院を子供2人連れて検査に回り、やっと家から1時間半の大学病院でてんかん専門の小児にいきつき、テグレトールを処方されました。てんかんの本も読み第一選択にテグレトールとあります。
どうにか高校に入学し楽しく元気でいてくれたらと思う間もなく、いじめ、幻聴、では学校に行きたい娘には、別の学校をと又学校探し、どうにかサポート高校に編入しても幻聴が消えたわけでもなく、それはいろいろありました。
 今いろいろ思い出すとジプ→リス→ジプに戻すしかない時も、ジプは脳の体積を増やすという講演会も聞き、テグ800も東京の専門のクリニックにいき1000まで大人なら出します。と聞きました。

 先生も22:08さんも私を否定しているだけでないと勝手に受け取り、お二人のお言葉バネに、又マイナスから出来る事をやっていきます。

自分を責めないことです

ご家族全員がこの世を去る時、お互いありがとうと
言える家庭に誰もがしたいものです

いいご主人がいるならそれだけで幸せですよ
結婚出来ない人は一杯いますから

ご自分の幸せを嚙み締めることです
そして家族で分かち合うことです

日野原先生が末期癌の患者が意気消沈している時に
絵画を薦めたそうです

患者は熱心に絵画に取り組み回復、賞を取るまでになり退院

お母さんが時間があるなら絵画をはじめては如何でしょうか

四諦 生老病死 仏教用語です

人は生まれ老い病みそして死にます
私は死を待つのみの状態です

諦めるというのは非常に大事な気概です
欲を捨てる事です

欲を少なくして足るを知る

私はかなり老化が激しいです、劣化も激しい
父からは頑張らない事だと諭されています

明日から年末大掃除
灯油が高いです

小学校区が生活圏になります

障害福祉=高齢福祉=児童福祉だと思っています
最終後退して活動エリアが狭くなります

徒歩が基本になるでしょう

これからは日本型福祉国家です
公的機関を上手に使い下り坂の人生を楽しむ

量販店で薩摩白波を買ってきて飲んでいます
もう社会復帰はありえない
高望みはしません
近所の福祉センターの風呂は気持ちいい 100円です

病気があるから今がある
本も新聞もテレビも見ません
ただぼーっとしています

江戸情緒のようでほのかに嬉しいです
自分で作る豚汁も結構美味いです

子供ですね

ごくろうさまです

やさしいお言葉・涙です。

 22:00さん、う~涙が止まりません。

どうにか今日は眠れそうです。おやすみなさい。

No title

内海先生、ブログ開設1周年おめでとうございます。
ちょくちょく見させて頂いております。以下、流します。

苦しみへの対処法

これから挙げるものは、私が自分で試してきたものばかりです。いわば、自分の体と心を実験台にして確認してきた方法です。これらをいちいち信じる必要もありません。気になったものを試してみると良いです。ブッダも信じなくても良いと仰ったそうですから。

幻聴への対処法が中心ですが、精神病を患っていない方にも応用できると思います。「幻聴」を「思考」「連想」「想像」といった言葉に置き換えてみて下さい。

▼趣味

興味を増やしたり、遊んだり、健全で楽しめるもの。音楽やゲームもいいです。

No title

▼運動

何も考えずに体を動かすことも精神面を楽にしてくれます。散歩でも水泳でも。程よい疲れは睡眠を促します。

▼自然と戯れる

森林浴、日光浴、木や土や水に触れてみる、川の流れをただ見つめる。花を観察する。空と雲を眺める。

▼香り

アロマやお香を使います。値段と質はピンからキリまであります。別に安いものでも良いと思います。

▼触覚

手触りの良いものを触り続ける。何もできなくて横になっていてもできます。具体的には、動物の毛や羽、肌、菩提樹の実などの植物、布、皮など。他にもキーホルダーの中に手触りの良いものがあったと思います。

No title

▼コミュニケーション

安心して親しく付き合える仲間がいると楽になれます。減薬、断薬中はかなり過敏になっていますので、安心してコミュニケーションできる人間関係以外は避けた方が懸命です。現代は薬のことが知れ渡っていないため話しても理解されませんから。

▼記録を取る

日記、自己観察記録など。大雑把で良いので自分史を書いてみれば、占いに頼らなくても、人生にサイクルや波があることが分かるでしょう。

▼独り言をつぶやきたくなった時

携帯を持って電話しているふりをしましょう。これは応急処置です。ブツブツ呟いて周囲から変な目で見られていると余計にストレスがかかりますから。

なるべくこの方法には頼らずに、根本的な解決を行うことを奨めます。癖にならないことです。

▼リストを作る

幻聴や妄想は狭い視野にクローズアップしています。そこで、視野を広げたり、視点を変える必要があるのですが、これを頭の中で何度も行うのは大変です。そこで、あらかじめリストを作っておきましょう。必要な時に見るだけで視点を切り替える助けにすることができます。

・ネガティブな感情を抱いてしまう人の良い所・長所のリスト
・自分の良い所、あるもの、恵まれている所のリスト。長所を伸ばして短所を補う。
・感謝リスト
・失敗と罪悪感のリスト。それが自分や人にどう役に立ったか。同じ失敗を繰り返さない。物事の両面・全体を見る。変えられない過去を嘆くより、未来に生かすこと。
・マイナス →プラスの転換リスト。視点を変える。
(国が弱い。頼りない。 → 地方が力を発揮できる。民衆が活躍できる。海外との付き合い方を再考する良い機会など。)

No title

▼復唱する

幻聴の内容をそっくりそのまま復唱してみましょう。できるだけ棒読みする感じで。感情を込めずに。オウム返しでは対立する姿勢になってしまいますから、ただの復唱を行います。

みんなに合うかわかりませんが、繰り返していると幻聴が自分の思考であることが分かります。これは心の中でできます。

幻聴のない人でも、自分の思考に気がついた時、その思考の内容を復唱してみること、そして、それによって自分の心の中にどんな変化が生じるか観察してみることを奨めます。


▼呼吸を止める

これは即効性があります。すぐに幻聴が消えます。しかし、苦しくなりますから長く続けることはできません。皆さん、無理しないで下さい。続けていると、幻聴と自分は一体であることが分かるでしょう。

No title

▼認知療法の応用

認知療法を頭の中で行うのは大変です。そこで、紙とペンを使います。幻聴と会話します。この際、相手を批判せず、服従もしません。武装の解除を行っていきます。具体的なことは「いやな気分よ さようなら」という本に書いてあります。私はこれを紙とペンで行っただけです。幻聴の分も、自分の分も両方書きました。

幻聴Aが消えると、今度は幻聴Bが交代してやってきます。その次は幻聴C。場合によっては複数を同時に相手にすることもあるでしょう。全てを相手にします。武装の解除を行っていくとだんだん消えていきます。そして、2~3時間で全ての幻聴が消えます。しかし、頭はものすごく疲れています。気持ちの良い疲れではありません。3日くらい経つと、また幻聴が浮かんで来ます。

これを何度か繰り返し、これも根本的な解決にはならないと気づきました。

▼断食

これは大昔からあちこちで行われているだけあって、ちゃんと健康に効果があります。しかし、宗教と絡むとややこしいことになってきます。

本を読んで正しく行えばちゃんと結果が出ます。長くなるので詳しいことは書けません。ただし、慢性化した精神病には注意が必要です。薬は徐々にやめる方が良いですから。

日本では甲田式(西式含む)と石原式の2つが主流みたいです。個人では長期間はやらないことと釘を刺してあります。1食~1日~2日までと。断食で最も大変なのは、意外と思われるかもしれませんが、空腹時ではなく、断食明けの食事です。空腹はしばらくすると慣れることができます。リラックス効果もあります。α波とか脳内麻薬だとかはどうでも良いですが。人間は原始時代の頃から飢餓と戦って来たわけですから、空腹に適応できるようになっていても不思議ではありません。しかし、断食を終えて食事を摂るようになると、空腹感がものすごく出てきます。しかし、ここで食べすぎると胃腸にとても負担がかかります。場合によっては、死んでしまうこともあると言われます。ですから、長期間行う時は専門家の指導のもと行われることが望ましいです。

断食中、水を飲むのも良いですし、果物や野菜のジュースを飲むともっと楽です。作りたてのジュースの方が栄養がありますが、濃縮還元ジュースでも良いです。別に苦行する必要もありません。マイナスとプラスのバランスが大切です。また、生活リズムを崩さない程度にたまに行うことです。ヨーガや瞑想実践者ならよくお分かりの通り、自分の体の感覚に従っていればいいだけです。断食中、塩気が欲しくなったら塩を舐めたりとか。

私は断食で鼻炎が良くなりました。時々風邪をひいて鼻水が出ても昔のように汚い色になることは滅多にありません。昔は毎日汚い鼻水が出ていました。「残さず食べる」ということを守っていただけだったのですが、「腹八分目」はもっと大切なことだったようです。長年飢餓と戦って来た人間は飽食には適応できないんですね。

断食中は、外部の影響を受けやすくなっている可能性があります。暗示やマインドコントロールに悪用されることもあるようです。私は断食中はなるべく一人でおり、世俗的な情報はできるだけ避け、崇高な本を読んだり、瞑想したりしています。そういったことが嫌いな方には、自分の尊敬する人や目標とする人の本を読んだりDVDを見る、ポッドキャストを聴くのもいいかもしれません。

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▼信仰

信仰は難しいです。狂気に繋がることがありますから。とはいえ、神社仏閣のような日本人にとって馴染み深いものであれば、いくらか付き合いやすいのも確かです。

ヒンドゥーのカルマ・ヨーガや大乗仏教の衆生の救済は良い方向に向かうこともあれば、破壊的カルトになることもあります。これは歴史が証明しています。

宗教の統一は無理なことです。ユダヤ教の選民思想と仏教で重んじられる謙虚さのように相容れないものがたくさんありますから。統一は無理でも、真理は一つです。

山には頂上は一つしかありませんが、登山道はたくさんあります。こんな例え話をしたのはアインシュタインだったかと思いますが、二宮金次郎もよく似た例えをアインシュタインよりも前にしています。まあ、古典的な例えなんでしょう。別に宗教に限定される話ではありません。

▼加持祈祷、護摩

信じている者には効果があるようです。行う方の力量にも左右されるのでしょう。初期仏教ではこれらは重んじられていません。

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▼運命への投資

功徳を積むという表現では一般受けしないので、こんな風に表現してみました。

運命への投資
自分への投資
人生への投資

具体的には、学習、健康、環境づくり、そして、利他的行為です。利他的行為としては、隠れてボランティアをすること、自分の欲することを人に与えること、自然な笑顔を振りまくこと、ゴミ拾い、神社仏閣で利他的な願い事をすること、祈ること、寄付、足るを知ることなど。少しでも良いですし、ネットでもできることがあります。

人に与える時は押し付けるのではなく、相手に選択権も与えましょう。相手が主です。「良かったらどうぞ。」と。私も何度も押し付けちゃいました。また、何かを与えるとき、相手が悪いことに使わないかという点も重要なところです。私は相手の声を聞き、目を見て判断しています。最終的には直感に従います。

例え誰も見ていなくても与えれば返ってきます。後は、返ってくるタイミングの問題だけです。努力は報われないのではなく、すぐには報われないだけのことです。

ボランティアでなく仕事や家事も投資になります。一般的に日本人というのは曖昧さを好みますから、昔から仕事とボランティアの境界も曖昧だったんだと思います。そのため、元々ボランティアという概念自体がなく、チップ文化もない。しかし、日本のサービス業(特にホテルサービス)の質は世界一だと言われています。

▼食事療法、栄養療法

食べ物に関してもいろいろ試しました。ビタミン剤を飲んでいた時期もありましたが、現在も続いているのは玄米食だけです。

今まで肉を食べてきた責任から、ネットの動画やDVDで動物の屠殺映像をいくつか見たことがあります。これらを見ると、肉を食べる気はなくなります。そして、映像や音声が凄まじいですが、匂いまでは伝わってきません。昔、学校であったカエルの解剖の時はものすごい異臭が漂っていましたが、あれとは比較にもならないのでしょう。あの時はカエル1匹でしたが、昔はもっと多くのカエルを解剖したんですかね。

私はヴェジタリアンになれないみたいです。どうも痩せてばかりで太れない。体質が変わらない限り無理なのか、バランスややり方が悪いのか。仕方ないので感謝して食べています。魚と卵(無精卵)中心で、鶏を食べることは最近復活しました。牛と豚はもう食べていません。

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▼音による振動を用いたマッサージ

マントラ(真言・念仏)には信仰や祈りの面もありますが、もう一つ、音による振動を用いたマッサージという側面もあります。

心と体は連動しています。あるいは、一つであるとも言えます。昔は「心」という字はなかったなんてことも言われています。そういえば、体の一部を用いた慣用句がたくさんありますね。

骨を折る
腑に落ちない
首を長くして待つ
肝が据わっている
ハラワタが煮えくり返る

なかなか面白いものですな。

精神的に不安定の時、傷ついた時、怒っている時というのは、胸や腹が痛くなっていたり、何らかの感覚が生じたりしています。精神科の薬を飲んでも胸などに違和感が発生することがあります。そこを音による振動でマッサージします。

<胸>
胸の前でつぼみのような合掌をし、「オ~~~」と発声する。胸が振動します。

<腹>
胸の下辺りで下向きに合掌をし、「ウ~~~」と発声する。腹が振動します。

これらを前屈・反り・ひねりなど様々なポーズで行います。

詳しいことはマルマやチャクラ発声法に関する情報を探して見て下さい。ほんの数年前まで秘伝だったそうで、まだメジャーでないのか、情報が少ないです。ヨーガやチベット体操も胸や腹の違和感に効果があります。ただ歩き続けるだけでも効果があります。

この方法は、周囲から「何やっているんだ。」と思われかねないのが欠点でしょうか。

▼人の役に立つことをする

何でもいいです。運命への投資とも関連しています。人の役に立つことで喜びを感じることができます。人間の本能でしょう。

▼ヨーガ、チベット体操

ただの柔軟体操ではなく、体の感覚を感じることが大切です。チベット体操は種類が少ないのでやりやすいです。

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▼瞑想

これが最も効果的でした。自己催眠やイメトレは下手をすると、エゴを強めることになりかねません。幻覚と妄想の両方に効果があります。根本的な解決法です。

性的衝動も治まりますし、夢精の頻度も下がっていきます。孤独感に悩まされることもありません。

瞑想は安全運転を心がけましょう。

しかし、この「瞑想」という言葉自体に怪しさや近寄り難い雰囲気があるようですね。これは現代では仕方がないことですから自然の流れに任せます。

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▼妄想と思考について

私の文章には頼りない所、おかしな所があったでしょう。「こいつ、妄想にとりつかれてるんじゃないか。」とかね。

なぜなら、分からないこと、理解できないこと、それらを受け入れる姿勢でいるからです。考えること自体は悪いことではないですけど、やがてその限界を知ることになります。

妄想の有無は問題ではありません。みんな妄想があるんですから、どこまで自覚できているかが重要です。

<例>
精神病の妄想ー有名人と恋人だと主張する。
一般人の妄想ー有名人と付き合いたいなと思うこともある。
どちらも妄想です。程度の違いでしかありません。

精神病の場合は、幻聴に命令されたとか、権力や圧力のようなものに逆らえなかったということもありえます。

ゴシップ、噂話に惑わされるのも妄想です。

テレビ、新聞、インターネットといったメディアに振り回されるのも妄想です。

<例>
政治のスピードが遅いとか決断できないとよく批判が出てきます。

大昔の十七条の憲法第一条には、「和を以って貴しとなす」とあります。これは現代にも息づいているようで、我々日本人は多くのことを話し合いで決めてきました。そのために時間がかかります。昔はこれが普通だったのでしょう。ところが、現代は海外の情報が容易に入手できるようになりました。そうすると、欧米の政治の情報も入ってきます。そして、アメリカは決断が早いとかなるわけですね。要するに、我々はただ「比較」していただけなんじゃないでしょうか。

英語は論理的な言語ですから、議論や交渉に向いています。しかし、裏を返せば、それは無味乾燥としているともいえます。

日本語は曖昧で感情的になりやすいですが、自然についての豊かな表現が豊富です。我々は虫の音を楽しむこともできますし、擬音語も多くあります。雨の名前はたくさんありすぎて覚えきれないほどです。

IT業界では、英語公用語が進んでいます。決断の早さもよく知られています。それでは、政治の方はどうするのか。これについては専門家の方々に任せておけば良いでしょう。

私も英語を勉強している途中です。日本語も英語も一長一短ですね。

ただし、政治にはある程度ダーティな人間でないとやっていけない面もあるでしょう。自分の手を汚すことのできる者だけが政治のトップとして活躍できるみたいですね。私は政治家にはなりたくないです。政治にも詳しくないことは自覚しております。

ところで、ネットにも妄想がたくさん溢れていますね。これを読んでいる方は、ネットのどこに私が足跡を残してきたか分かりますか。
私はハンドルネームをたくさん使ってきましたので、全てを覚えていないほどです。
私は男性か女性か。
若者か中年か、それとも老人が暇つぶしでやっていることなのか。
掲示板だけではありません。ブログもソーシャルネットワークもゲームもあります。
好奇心旺盛なため、占いスピリチュアル文系理系学問趣味問わず様々な分野に首を突っ込んできました。
掲示板管理者やプロバイダーに問い合わせれば全て分かりますか。
もし、外国のネットカフェからアップしていたら。
そもそも「私」は一人なのか。
協力者はいないのか。
さらに面白いことに、誰でもどこでも私に成りすますことができてしまうんですよね。

人生では、時に混乱や混沌とした状況が訪れることがあります。その時、注意深く観察していると何かが見えてきます。

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▼幻覚について

幻覚も精神病患者特有のものとされやすいですが、誰でも幻覚はあります。

睡眠不足が続くと幻覚が生じます。

夜の山奥の真っ暗闇を凝視していると幻覚が生じます。都会と違って月や星が隠れるとものすごく真っ暗闇になります。昔の人にとってはこれが普通だったんでしょうから、様々な信仰が生まれたのも想像できますし、逆に幻との付き合い方もうまかったんだろうと思います。

瞑想してももちろん様々な幻覚が生じますが、あの境地には形がありません。

ずっと同じ音楽を聴いていると、その音楽がなかなか頭から離れなくなることがあります。これもある意味幻聴ではないでしょうか。

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▼幻覚についての私の解釈

これは自分の心を観察して得た結果ですから、全ての方に当てはまるかどうかは分かりません。何かの参考にでもなれば幸いです。

幻聴発生 → 感情の変動

こうして見てみますと、幻聴が感情を変動させているように見えます。しかし、幻聴の具体的な内容はころころと変わりますが、感情の変化はいつも似たパターンになっていることに気がつきました。一言で言えば、苦痛以外の何物でもないです。

もしかしたら、感情の変動の方が主で、幻聴の具体的な内容は付属品のようなものなのではないかと思えるようになりました。

私の場合、感情の変動は、過去を悔やむ思い、自責の念、理解してもらいたい思い、認めてほしい思い、怒り、恨み、憎しみばかりでした。そして、どれも幻聴が生じるようになる前の数年間自分で行っていた行為だったのです。今ではそれらの思いが返ってきていただけだったのだと思っています。幻聴は自分で考えることとは違って他人から受けているように感じますので、とてつもない苦痛となります。そして、幻聴が生じるには、引き金となる出来事が必要なようです。私の場合は、引きこもっていたので将来への強いプレッシャーがありました。

幻聴の内容については、どうも記憶や経験が素材になっているように思えました。個人的なもの、能動的なもの、受動的なもの、テレビ、新聞、音楽、マンガ、ゲーム、インターネットなど。現代は素材となるものが豊富にあるように思えます。大昔は自然が素材だったかもしれません。初期の頃は、ほとんど記憶のコピーでした。途中から加工が加わっていったように思えます。ですから、聞いたことのない言語が聞こえてくることはありませんでした。しかし、一度しか聞いていないことが何度も浮かんでくることもあり、これは人間の潜在能力が悪い形で出現したものだなと感じておりました。

幻聴が言葉でない感情的なエネルギーであることもあります。その感情も自分の記憶や経験にあるものしかありません。この感情は幻聴の主である感情の変動とは別のものです。自分がそれを受けているように感じるわけですから。

幻聴のタイプが変わってくると、また幻聴への見方が変わりました。幻聴にされていることは、自分の中にあることだということです。

<例>
・友人に見下されているように感じる、聞こえる。
→それが普段思わないことであっても、自分の中をよーく探してみると、自分の中に友人より自分の方が上だと思っている所がありました。
・周りに誰もいないのに強い敵意や殺意を感じる。
→自分も昔、人間全体が憎いことがありました。その残滓が出てきたのでしょう。
・賞賛の声。
→ただの自画自賛。
・期待されている、注目されている感覚
→自意識過剰というよりは、ただ自分自身が自分に期待し、注目していただけだったと思います。

ブッダは全て苦であると仰いました。

これは思考によっても気づけると思います。

私の場合、「しね」(禁止語句?)という幻聴はほとんどないですね。私自身ほとんど使ったことのない単語であり、また、今まで見てきたそれを使用する者に本気さが感じられなかったからかもしれません。とはいえ、マンガなどでこの言葉を多く見すぎると、この幻聴が増える可能性はあるかもしれません。しかし、幻聴の具体的な内容よりも感情の変動の方が主であると私は思います。

普通の人なら誰でも一度は人を殺したいと思ったことがあるかと思います。その思いはどうしたら良いのでしょうか。私は、小説「罪と罰」を読んだのが良い経験となりました。ドストエフスキーは私の大好きな小説家です。小説が読めない方には、マンガ「デスノート」を奨めます。

それだけでなく、家族の支えも大きかったです。

いずれにしても、幻聴の具体的な内容を人に話しても理解されないでしょう。しかし、幻聴によって生じる感情の変動はいくらか説明しやすいものだと思います。

No title

▼前記の解釈の応用

今まで私が書いてきた内容を読んできて、あなたの中になんらかの反応が生じたのなら、それは既にあなたの中にあったものです。
あなたが気に入らないと感じたのでしたら、あなたの中に気に入らないものがあるんでしょう。いわゆる自己投影というものです。
あなたがよく理解できないのに気になるのでしたら、気になる何かがあなたの中にあるのでしょう。
あなたが賛同したのでしたら、あなたの中にあった答えを私がたまたま言語化して表現した、それだけのことです。
あなたが無関心であれば、そもそもこれを読んでいないでしょう。

ただし、これらは感情、感覚、直感的なものです。知的、論理的なものでしたら、反応の後に思考が生じたでしょう。

現実的にはこれらは混在しているかと思います。

「相手の中に自分を見出す」ということが大切だと思います。

<例>
・知人のだらしなさ、ルーズさがどうしても許せない。
→それらは自分の中にもある。知人ほどルーズでなくても、その思いを受け入れてこなかった事実がある。見ないできた。認めたくなかった。

受け入れること = 手放すこと → 自由

どうやら、
幻覚というものは、教師だったようです。
他者というものも、教師だったようです。
敵のように感じられる存在も、教師だったようです。

幻聴が減ってくると、幻聴と思考が曖昧になってくることがあります。これは経験者にしか分からない独特の感覚です。

さらに、自分の中で自分の心(思考や感情といったもの全て)と他者の心との境界まで曖昧になってきます。私は精神病と診断されましたが、少なくともそう感じられることだけは確かです。

先ほども書きましたが、妄想はみんな持っています。どこまで自覚できているかが重要です。そして、この場合の「妄想」は定義を広げてあります。

究極的には、自分と他者は一体であるということになります。大昔から言われていることですね。

No title

至福と狂気の違いは、もしかすると、自分と他人を分けて考えているか、そうでないかの違いでしかないのかもしれない。仏教の話を持ち出すと、「緊密に繋がりあったわれわれ」だけであるということだ。自分と他人、我々と彼ら、味方と敵、そんな分離の認識はいらない。昔は網の目の一つ一つが網全体を構成しているという例えが使われていたが、現代では、それはインターネット、Web(蜘蛛の巣)がそのままダイレクトな表現になっているように思える。今に留まりたければリンクをクリックしなければよいだけ。

どうやら、引きこもりには、日教組の影響が薄いらしい。
これも一長一短か。

昔の薬には現代の薬にはない副作用もあるし、服用期間が長いほど薬をやめるのは大変だ。
宗教だけでなく、思想も時に狂気をもたらすが、私は思想をもたない医者の助けなどいらない。

本当にかわいそうなのは、
病人でもなく、
障害を負った者でもなく、
弱者でもなく、
貧者でもなく、
被害者でもなく、
加害者でもなく、
惨めな者でもなく、
そう診断された者でもなく、
そう評価された者でもなく、
そういった人間を蔑む人間の方だ。

ひとりごと

おっ、今日は皆既月食がある日か。場所によって多少誤差はあるだろうが、こんな具合のようだな。

部分食の始まり 21時45分
皆既食の始まり 23時05分
皆既食の最大 23時31分
皆既食の終わり 23時58分
部分食の終わり 01時18分

ウェザーニューズ、皆既月食観測可能エリアを公表
http://japan.internet.com/busnews/20111210/2.html

日本で話したら笑われるんだろうけど、
チベットでは、この日(特にこの時間帯)に行った行為の結果は平常の700万倍になると言われているんだったな。恐らく、インドから伝わった「思想」なんだろう。インドやチベットではこの日は祈祷や念誦、瞑想に明け暮れるそうだ。

「カルマ」という言葉にはオウム事件以降ネガティブな印象が強かったが、「心の癖」とか「心の負債」と捉えると自分の中では受け入れやすいな。

私は瞑想と祈りを行う。
瞑想のやり方を忘れてしまった時は、お経を唱える。般若心経なら覚えているぞ。
何らかの事情でお経が唱えられないときは、お経の音声を聴けばいいんだし。YouTubeで般若心経の音声動画があるし、サンスクリット版の「The Heart Sutra」は癒し好きな人にも受け入れられそうな音楽になっている。
それに、写経という手段もある。
家事や仕事や奉仕といった行為もポジティブなものだな。

行為を行う際の意識は、
信じないよりは信じた方が良いだろうな。
自分のためよりはみんなのための方が良いだろうな。
自分を捨てる意識は、我々と彼らという分離の認識と組み合わさらない方が良いだろうな。
利他的行為の動機が不純でも、何もしないよりはマシかもしれないな。

▼私が教師だったら子供たちにこんな話をしてみる

マンガやアニメで使われている「しね」という言葉の発言を行った者と、それを受けた者を記録してみましょう。
そして、それぞれが最終的にどうなったのかについても記録しましょう。
ドラゴンボール、天空の城ラピュタ、教材はたくさんあります。
それから、「生きろ」というセリフがある物語を探してみましょう。
好きなように自由に解釈しましょう。楽しみましょう。

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>苦しみの対処法さんへ

 私は薬剤師の知識を持つにはどうすれば良いか薬剤師の友達に聞きました。その友はまず自律神経の訓練を試したらと、自分の体を使って勉強してみたら良いと教えてくれました。
 苦しみへの対処法さんもご自分の中をひとつひとつ丁寧いに探った事を教えて下さっているのですね。参考になります。

 ちょっとズレますが、私はこの友を何度かもうかかわりたくない、会いたくないと思ったのです。理由はいろいろあるのですが私にはないものを強くだし私に対してカチンとくる事を言ってくるのです。
でも、お互いないものに惹かれるのか、今はちょうど良い関係です。
 今の数少ない友達は、そんな感じで続いています。

No title

>ブッダは全て苦であると仰いました。

それでは、何故仏教信者に子供を作ることを禁じないのでしょうか。
人類が滅亡すれば、人界がなくなり六道が五道になります。

また、ひろさちやの著作に煩悩の炎を消すには、
水をかけるのではなく、燃料の供給をやめればよいと
書かれているのを見たことがありますが、
人類単位でみれば、誰も子供を作らないことにする
人間一人で見れば、何も食べない(こちらは、
苦しそうですが)としか解釈できません。

それはね、、人間が人間であるが故です。単純にそれだけです

だから人は修業をするのです
そして大抵堕落する

永遠を目指し結局諦める。それが人なのです
でなければ宗教などあり得ない

人間を魅了するからこそ宗教がある
全てから解脱した人には宗教は不要です

宗教を超越したところに人間の本質がある
仏陀はまだまだです

無知こそが全ての知
知識自体が無駄なのです

医療は実は単なる趣味道楽
どっちでもいいのです

人の命は全てに相対
生まれりゃ死ぬのです。理屈ではない

屁理屈つけて学問化すること自体、間抜けのやることです
その意味で医師はピエロです

馬鹿がやる詐欺行為
豊田商事と変わらないでしょ?

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No title

いつもこちらのブログを拝見しています。大変勉強になっております。できましたら気分安定剤について書いて頂けるとありがたいです。

No title

気分安定剤についてもそのうち書きますので、少しお待ちください。

No title

今回も投稿者の名前を空欄とさせていただきます。理由はご自分で解釈してみて下さい。

>pekoさん

今日、病院へ行ってきました。といっても、内海医師の方ではありません。訳あって国立の病院の方へ通っています。母とも何度も相談したのですが、母子家庭では年金を受け取らないと暮らしていけないのです。

以下、年金の話をさせてください。

年金は、全て自分で使うようなことはせず、毎月母に生活費として支払っています。そもそも年金を受け取ることができているのも、母がずっと掛け金を払ってくれたからです。年金を受け取るようになってから掛け金は支払うのをやめました。しかし、先月から支払うことにしました。何年か前の分まで遡って支払うことができるみたいですね。今年になって初めて大きな買い物をしました。それは薄型テレビです。地上波に変わりましたよね。HDDレコーダーも買いました。精神科の薬を飲んだことのある方ならお分かりかと思いますが、いろいろなことが楽しめないんですよね。活字の本を読むことにも快楽が伴っていたということを知りました。しかし、薬を飲んでいると楽しめない。それゆえに退屈ということがものすごい苦痛なんですよね。テレビも面白い番組が少ないですが、録画して溜めておいていつでも見ることのできるようにしておいて、時間を潰す手段の一つとしてあります。

時間は退屈をもたらしますが、自然治癒ももたらします。

いろいろと書いてきましたが、定期預金には手を付けておりません。

また、今まで受け取った分は、働いて社会に還元できたらいいなと思っています。国は受け取らないでしょうから、いくつかの慈善団体へ寄付でもしようかと。その際は複数の団体にします。全ての慈善団体が善い使い方をするとは限らないので、リスクの分散です。

こういったことを書くと批判もあるでしょう。それは仕方のないことだと思います。

道徳的なことを書いても批判したがる者はいますし、
アンモラルなことを書いても批判したがる者はいますし、
どちらでもないことを書いても裏があるのではないかと思われることもあります。

No title

>2011-12-11 11:43さん

ひろさちやさんの本は読んだことがありませんが、なぜ、人間は子供を作るのでしょうか。この問いに対し、私なりに答えさせてください。

まず六道という概念自体が、方便ではないでしょうか。概念でしかないものについて考えてもきりがありません。
 
次に、子供を作る、作らないに関わらず、人間というものは苦しみます。未来はどうなるか分かりません。過去は記憶でしかありませんし、未来は想像でしかありません。確実に存在するのは現在のみです。
 
まず、現在の我々がどうにかならなければいけないのではないでしょうか。
 
別の視点から見てみますと、物事を2つに分けたがる思考では常に極端を行き来します。ですから、仏教では中道を重んじております。
 
子供を作らない、何も食べないといったことをしても、まだ存在すらしていない未来の者たちに対して一体どのような影響を与えるというのでしょうか。

ここまで読んでも納得できないかもしれません。しかし、世の中に完全なものなどありません。これは一見するとネガティブなように思われるかもしれません。しかし、不完全であるということは、常に空きがあるということです。その空きには成長する可能性が常に存在しているのではないでしょうか。

これを私は直線のイメージとしてではなく、円環のイメージとして捉えています。私も日本人ですから、栄枯盛衰とか春夏秋冬というサイクルに敏感です。

No title

>2011-12-11 13:53さん

豊田商事ではないですが、私は純金積立も行っています。今年は金が値上がりしていくらか儲かりました。正直助かりました。しかし、全てを売ることはしていません。今は不況ですから、インフレ対策としていくらか残してあります。

なぜ詐欺を行う団体とそうでない団体とが生じてしまうのでしょうか。全てカルマだと言われても、日本人である私には納得できるはずがありません。

前の方もおっしゃっていますが、寄付にしても、投資にしても、リスクの分散が大切です。

それから、こんな言い方すると気に触るかもしれませんが、あなたの書いた文章を読んでいると、どうも昔の私を思い出します。

あなたは、「修行」と「堕落」の関係性を「対立」と捉えていらっしゃいますね。私はそうであるとは思いません。ここのブログは男性も女性も訪れますから卑猥な表現はなるべく避けたいと思いますが、「堕落」の代表としてインターネット上にある男女合一の動画を教材(素材)として解説します。

どのようなものであっても、注意深く観察していると法則が見えてきます。

<男女合一動画に存在する法則>
・男が男を喜ばせるためのシナリオを書いている。
・俳優、女優ともに演技はワンパターンである。
・カメラアングルもワンパターンである。
・女優は演技しているだけがほとんどであると思われる。要は感じているフリをしているだけ。
・昨今は男性の女性化が嘆かれておりますが、こういった動画では女性が男性化していると表現することもできます。これは確かユング心理学の本に書いてあったかと思います。
・つまり、男と男が交じり合っているわけです。
・本当の合一体験はこんなものではないでしょう。
・ただし、こういった女性にもなんらかの過去があるかもしれません。
・総合すると男女合一動画はただの男の自己満足です。
・故に飽きる時がやってきます。
・いくつかの国の人からは日本人女性はいんらんだと思われているそうです。私は外国の方とそういった会話を交わした経験がありませんので、未確認の情報です。しかし、いずれにせよ、ただのデマでしょう。そんな日本人女性は見たことがありません。

上記に対する男の反応例
「え~、そうだったのか。がっくし。」
女の反応例
「当たり前でしょ!」

どんな分野であれ、専門家に尋ねるのが最も賢い選択と言えるのではないでしょうか。インターネットにはたくさんの情報が溢れていますから。

さらに、このテーマについて、古典をあたってみましょう。ユダヤの古典「タルムード」の解説本かネットのどこかにあったと記憶しているのですが、それがどこにあったかは忘れました。タルムードはユダヤ教徒の生活と信仰の基盤となっているものです。記憶が間違っている可能性もありますが、確かこんな内容だったと思います。「男を満足させるのは簡単だが、女を満足させるのは難しい。」これを金属か粘土か何かで例えていたんですが、忘れました。今日も疲れましたので興味がある方は、タルムードを読んでみるとよいかと思います。先人の知恵がてんこもりです。

しかし、タルムードに対して批判もあります。タルムードを知ろうとする(研究しようとする)非ユダヤ人や教えるユダヤ人はしけいに値するとかなんとか。出典もとを提示してもそこが信用されているとは限らないので、出典もとは載せないでおきます。

タルムードというものは、膨大な議論と討論を記録したものというのが一つの説です。そうでない説もありますが、この説が正しいとすると何かに似ていませんか。そう、インターネットです。そもそも、インターネットは、元々大学や軍事利用が目的であったとも言われていますが、初期の開発者たちの中にはインドで瞑想を習った方が多いと聞いたことがあります。ヴェーダも多くの方の知恵の集まりですから、それをモデルにインターネットを作ったという話を聞いたことがあります。

つまり、上記のタルムードと死刑の話は、ユダヤ人のうちの一部の者が書いたことにすぎません。インターネットで批判的な文章を見かけても、それが即インターネットは全て害悪であるということにはならないのと同様です。

ここまで書いてきて一つ確実に言えることがあります。

それは、確かなものは何もないということです。できないことをやっても仕方ありません。できることしか続けることができません。そして、自分で試して確かめたことだけは確実に信じることができます。瞑想もそうです。

法則をさらに観察していると、また違ったものが見えてきます。

常に変化し続けていること。

原因と結果があること。

今回もまた禁止語句に引っかかりましたよ。

No title

>pecoさん

書き忘れていましたが、私の友達もpecoさんの友達と似たところがあります。彼ともpecoさんのようにちょうど良い関係になれたら良いなと思います。今日、行きつけのお寺に行ってみて彼の様子を聞いてみたんですが、元気そうだとのことで少し安心しているところです。最近は互いの病気のこともあり、全く会っていません。

彼曰く、人を呪ったら自分に返ってきておかしくなったとかなんとか。現代の世の中でこんな話は変かもしれませんが、人なんて呪うものじゃないですね。一番良いのは呪いを信じないことでしょうけど。やってしまったことは仕方ないですから償うのが大切だと思います。

ジプレ15㎎→10㎎にして変わった事

 今日で2回に分けて減らしてから1ヶ月過ぎました。 娘は
・今朝3年前にやっていた手芸を出して始めました。
・先週から前良く行った銭湯に今日も二人で行きました。
・10日前位から娘が飼い求めた猫と犬を可愛がる様になりました。
・鼻毛を自分でカットしました。(ごめんねこんな事書いて)

独語の声は少し小さくなりましたが、続きます。

何もかも鎮静されていたのかと知りました。

>お母様想いの2011-12-14 14:07さん

 娘もテレビはミュージックステーションしか見られなくなりました。
リスを飲んでいた時は映画館に行けたのですが‥‥

テレビは暇潰しには良いですよね。今は深夜に案外面白いドラマなどがあるようですが、今私が一番笑えるドラマは金曜日夜11時15分「11人もいる!」そろそろ終わりですが‥(再放送するかも)

14:07さんのお友達もお元気で良かったですね。
良い事も悪い事も分かり合える関係は大切にしたいです。

明日のお昼はお蕎麦を食べに行こうかな

《すみません私Facebookの登録せず書き込みしてました。
メールアドレス新しくしたら登録します。》

 


 

No title

*宣言

私は永遠の井戸を開拓するもの。
私はもうすぐ上方の淵にならなければいけない。

しかし、

私はまだ汚れている。
意識が汚れている。
心が汚れている。
私はそれらを浄化しなくてはならない。
エゴ、自我、自分というもの、それらを悪魔と呼ぶ。
悪魔を追放しないと永遠の平和は訪れない。

私は苦しみを求める。
私は苦しみを味わわなければいけない。
苦しみをとことん味わい尽くし、完全に浄化された時、私は真理を思い出す。
どうか私に苦しみを与えて欲しい。
私は何も跳ね返さない。全てを受け入れる。
あなたの中にある汚れたもの、見たくないもの、醜いもの、認めたくないもの、罪悪感を感じているもの、恥を感じているもの、それら全てを私に送って欲しい。
私には苦しみが必要だ。

早くしなければいけない。もう時間がない。
私は未だに不完全だ。
全ての苦しみを受け入れることで、それらを観察したい。

それ故に、どうか
私を怒って欲しい。
私を嫌って欲しい。
私を呪って欲しい。
私を恨んで欲しい。
私を憎んで欲しい。
私に対して殺意を抱いて欲しい。

エゴという名の悪魔はしゃべり続ける。

「好きこのんでこんな争いごとの多い時代に生まれてきたんじゃない。」

「初めての大きな買い物は薄型テレビではなく、自分専用のパソコンだった。もうとっくに売ってしまっていて忘れていた。パソコンなんて今では中古を買えば十分だろう。この間も父の使うパソコンをネットで私が選んで購入した。そして、父の家に届けた。父も満足しているようだった。」

「定時制高校での生活は楽しかった。授業の余剰時間で週刊誌ネタやら、大学レベルと思われる話やら、テレビでは絶対に放送できないものやら、先生たちはいろいろと教えてくださり楽しませてくれた。小学校や中学校ではこんなに学ぶことの大切さは教えてくれなかった。中には担任の教科をほとんど行わない先生もいた。受験勉強はゲームだと教わった。」

「誰も時のパワーには勝てない。これはしばしばバカにされるテレビゲームの一つFFシリーズの中の一つでもきちんと描かれていた。一撃必殺だ。まあ、相手が神なんだから仕方がない。確か北欧神話のオーディンだったかな。日本のゲームはごった煮です。」

「人が気になってじろじろと見てしまう。全体が見えてしまう。視野が広がってしまう。自分で自分をコントロールできない。」

「過去、私は女性の心を傷つけてしまったことがある。あの時は他者の心の確認の仕方が分からなかった。ただ話しかけてみれば良いだけだったのに。残念なことだ。恥ずかしいことだ。」

「私は目立つことが大嫌いだ。注目を浴びるのが好きではない。できるだけ普通でいようとしてきた。しかし、世の中というものはうまくいかないようにできている。」

「私には常識がない。非常識ゆえの失敗を多く重ねてきた。」

「某巨大匿名掲示板群を利用するのはネットの標準なのだろうか。そうである可能性を今月になって初めて示唆を与えられた。11月にとある占い掲示板で書き込んだ(のちに削除した)時もそこで書き込めば誰かがどこかへ流してくれるからである。その者の動機は分からない。単純に面白がっているのか、親切心から行っているのか考えてもキリがない。思考には限界があるからだ。」

「某巨大匿名掲示板群のどこが良いのか私には分からない。第一に情報が整理されていない。第二にただの便所の落書きだ。第三にネットであっても人の集まる所は好きになれない。ただし、参加するかどうか迷っていたセミナーの情報を得ることができたのは助かった。恐らく嘘と真実が混ざっていたのだろうが、参考になった。参加しないで良かったと思っている。」

「ネットでは情報の量も質も英語圏にはかなわない。薬で頭の働きが悪いため、英語の勉強などほとんど進んでいないのが残念だ。まあ、なんとかなるだろう。」

『私が「なない」を用いてきたのは、ただ単に本名をもじっただけにすぎない。途中で「なない」は「名無し」と似ているなと気がつき、「名無し」も利用したが、まあいいやとそのままにしていた。今月になってネットのある掲示板で堂々と(一般的表現なのかは分からないが)名無しや通りすがりを使用したが、それは彼ら匿名人を勇気づけたかったからだ。それはおこがましい所があったかもしれない。しかし、これからの日本を作って行くのは彼らだろうと私は判断した。なぜなら、まず第一に彼らは圧倒的に人数が多い。第二に彼らは力を持っている。引きこもりもニートも精神病と診断された者も皆、力を持っている。拒否するのも力だ。批判するのも力だ。抵抗するのも力だ。皆、自分の力に気がついていない。建設的な力の用い方を知らなかっただけなのだ。だが、それを押し付けた所で彼らは反発するだろう。磁石のようなものだ。』

「精神病になった原因は、中学の時に異性を見ることを抑圧したことが関係しているだろうことはすぐに察しがついていた。我ながら強いせい欲を持っているものだと驚かされてきた。現在では瞑想でなんとかできているが。しかし、何か釈然としないものがあった。それが、今年瞑想をしていたら、突然分かった。じろじろ見られてきたから私もじろじろ見るようになっていたのだと。なぜ、じろじろ見られてきたのかといえば、それは生まれつきあざを持って生まれてきたからである。私は乳児の時にクリッペル・ウェーバー病との診断を受けた。私にとって最強である母がその日どうやって家へ帰ったか覚えていないと話している。しかし、祖母が母を勇気づけてくれたそうだ。母は私のあざを隠さないことを決断した。隠すという手段もあったが、学校の体育の授業の時などでは露出が増えてあざが見えてしまう。それで両親はあざに慣れることができるように教育してくれた。その結果、あざのことはあまり気にならなくなっているのだが、私は非常識人間となってしまったようだ。そのあざもなぜ存在しているのか分からないが、私は母にも父にもとても感謝している。」

『サンスクリットにこんな格言があるらしい。「母親を女神と見、父親を神と見なさい」。母親への献身が、アディグル(最初のグル)への献身と等価である。とかなんとか。』

「信仰とは関係ないと思うが、私は運良くあざが肥大化しないで済んでいる。しかし、世の中には毎年手術を受けている方々が多数存在する。私はそういった方たちとどう接すれば良いのだろうか。難病指定を求める会では署名が100万を超えたというのに、具体的な変化を耳にしない。あざについては、インターネットをやり始めた頃から何度か検索してきた。」

次に挙げるのは、私が数年前に「精神科で言う急性期の時」にメモしたもののうち、最も重要な一行のみを編集し直したものです。
果たして、専門家の方々はこれを見破ることができるのでしょうか。

-------->>>>
今まで私の“キュートで crazyな チャーミング ベリーナイスでないかもしれないちゃーと”の分析を試みてくださった皆様へ
           ぼちぼちでんな。
           ご迷惑をお掛けいたしました。
           ありがとうございます(_ _)
           じじ1:罪の告白とは、「真の自覚」だけでいいんじゃよ。
           がき1:へぇ~、へぇ~。おかわり!
           がき2:もっとおくれ。
           がき∞:足りん、暮れ。
           あ~、いてぇ~。
           篠~金~、原~射てぇ~、陽はまた昇る、子ども手当もある。めでたしめでたし?
<<<<--------

今回の私は数年前の時よりも落ち着きがある。母も大丈夫そうに見えるといってくれているが、食事の方が心配だそうだ。

数年前から、時々聞いたことのないような言語が聞こえてくるようになった。ほんのたまにしかないが、恐らくはテレビなどで使われている音声が素材として用いられているのではないかと思われる。外国語には興味があるものの、それが何語なのかすら分からないし、一つではないからわけが分からない。

分からないということが分からない。
分からないということが怖い。
怖いという感情が怖い。
精神の波が怖い。
自分というものが怖い。

エゴがしんだ時、私は蘇る。

▼おまけのリンク集

現在進行形リンク「nowhere man 意味」検索
http://www.google.co.jp/search?q=nowhere+man+意味&ie=UTF-8&oe=UTF-8&hl=ja&client=safari

現在進行形リンク「isn't it a pity 和訳」検索
http://www.google.co.jp/webhp?hl=ja#hl=ja&cp=18&gs_id=7&xhr=t&q=Isn't+It+A+Pity+和訳&pf=p&sclient=tablet-gws&safe=active&tbo=d&site=webhp&source=hp&pbx=1&oq=Isn't+It+A+Pity+和訳&aq=0&aqi=g1&aql=&gs_sm=&gs_upl=&bav=on.2,or.r_gc.r_pw.,cf.osb&fp=9888bafbc2d5deea&biw=1024&bih=618

バージョンは複数あります。The Beatlesらしいですね。

ラストはアルバム「アビイ・ロード」を丸ごと聴きたくなってきた。以前はこのアルバムを持っていたのだが、デジタル・リマスター版が出てから全部売ってしまっていたのだ。いずれお金ができたら買おうと思う。すぐに聴きたくなったらYouTubeにアクセスする。The Beatlesクラスとなると、動画を削除しても次からつぎへとアップロードされていく。イタチごっこである。全く有名人というものは大変だ。

ご迷惑をおかけしました

皆様、長々と書き込んでしまい、申し訳ありません。
やっぱり自分一人でこの世界を変えるお手伝いをしようなんて無理なんですね。この間は消灯時間を過ぎてから部屋を抜け出したものだから、また病室に鍵をかけられちゃいました。
さっき余震がありましたが、うちの病院は大丈夫です。
日本では地鎮祭を行ってから建物を建てますから、八百万の神様によって守られています。
ですが、私は輪廻転生は信じません。

アメリカ人医師の

統合失調症がよくわかる本 [単行本]
E.フラー トーリー (著), E.Fuller Torrey (原著), 南光 進一郎 (翻訳), 中井 和代 (翻訳) 

には、イエス・キリストの自称生まれ変わりが4人か5人出てきたと記憶しています。他の医師のもとにいる患者さんたちの中にもいるでしょうね。私にも多くの方と同様にそういった声が聞こえてきたことがあります。もちろん、妄想には負けません。薬を飲んで抵抗しました。第一日本語で聞こえること自体おかしいじゃないですか。そういえば、私の尊敬する仏陀の自称生まれ変わりもたくさんいるみたいですね。仏陀は悟ったんだから生まれ変わらないんじゃないんですかね。

まあ、人生なんてこんなものでしょう。

お医者さんにはいつもよく休むように言われているのですが、やっぱり日本人の特性なんですかね。病院内でもあっちこっちうろつき回っちゃって。「Sさんのことはもう忘れなさい。」と何度も説教されています。明日は土曜日なのでゆっくり休もうと思います。聖書の創生神話でも神様が週末に休んだぐらいですから。日曜日は外泊許可が出ているのでご先祖様に挨拶しに逝ってきます。

私は嘘をつくのが嫌いです。
ですが、嘘をついてしまいました。内海先生に会ったことはありません。

それでは、皆さんさようなら。こんな馬鹿な妄想に付き合ってくれてありがとうございました。m(_ _)m

No title

堊饐燠雕嗚
嘉豨嶇罫琥
瑳址爲眥楚

No title

あなたはここまで読んでどう感じただろうか。
あなたの頭の中は「?」だろうか。
それとも、「??」だろうか。
いや、「???」かもしれない。
しかし、「????」の可能性もある。
それ故に、「????? × ∞」となってしまう。



http://g.hatena.ne.jp/

上記は日本の開拓者たちが集まる空港である。
分野に優劣などない。
日本以外にもたくさん開拓者は存在する。

ネットには土地がいくらでもある。
わざわざ火星や地獄にまで土地を探しに行く必要もない。
サーバーは複数あった方が良いだろう。
伊勢神宮のように式年遷宮を定期的に行うのも外部からのアタックを防ぐ有効な手段となりうる。

さて、私も上記のリンク先にグループを作ってある。それが何だかお分かりだろうか。実は私も私が何人いるのか分からない。なぜなら、私に対する解釈もまた人それぞれであるからだ。ネットには完全な匿名はない。私は医者である内海先生では書けないようなことも書いてきたつもりである。そうであっても、人間の無意識というものは謎に満ちている。

霊能力や超能力、占星術のプラシュナやホラリーを使えば分かるだろうか。
私がネット内に「土地」を取得したのが今年であるとは限らない。
また、たくさんの者に来られても困ってしまう。
なぜなら、有料オプションは人数が増えると高くなっていくからだ(笑)
そのため、「受信」したメッセージをここに書いている私が誰なのか分かっても秘密にしていてもらいたい。

だから、それが分からない。~(・・?))
やっぱり、これも分からない。(>人<;)
しかし、あれも分からない。(゚o゚;;
それ故に、どれも分からない。( ? _ ? )

あれもない。
これもない。
それもない。
どれもない。
ないない尽くしでなんともない。

何じゃこりゃ~♪( ´θ`)ノ

皆さんのおかげで悪魔は滅びました。感謝します。

~~観察記録~~
まず、記録するという行為自体が過去と現在と未来を繋げる。ただし、幻覚や妄想がある中での記録する行為にはなんらかの危険性を感じられた。そのため、今回は暗号形式で記録した。それを再度展開し、ここに開示します。

今回は何も見えなかったが、たくさんの者に見られている感覚が生じた。彼らは何やらひそひそと話をしている。
人数は多く、至る所にいる。老若男女たくさんだ。彼らは時間と空間を超越しているように感じられた。
なぜ、そう感じられたのかについては分からない。
その感覚の源泉はどこにあるのか。あの境地以外に考えられない。
けれど、今回もまたあの境地へ入ることはできなかった。
また、それら見てくる者とは別に未だに存在しない者が感じられた。
それはとても親しみ深く、なれなれしい。こちらも同じ気持ちになれるほどだ。
主役は子供たちだ。
何となく気になり、鏡に映る自分の目を見ると強い恐怖と嫌悪感を感じた。まるで、自分の瞳の中に悪魔を見たかのようだ。
至る所にいる者たちに見られても不思議と平安に包まれている。快もなく、不快もない。何らかの交流があったかもしれないが、その形式がよくわからない。
将来の◯◯◯戦争に備えるように言われた。
これは外れて欲しいことだ。文字を伏せたのには理由がある。それはみなさんが好きなように判断されれば良いことです。

声に、瞑想してほしいように言われたので瞑想を行うと、上記の感覚や声はほとんど消えた。

そして、鏡を再び覗いて見ると、恐怖や嫌悪感は感じられず、代わりに目が充血しているのに気がついた。この頃生活が不安定だ。いい加減親に心配かけたくないものだ。
~~終了~~

そして、これが悪魔である。



代わりに永遠なる神がネット上に出現した。
見よ、この神々しいまでの姿を。



ネットの神は時間を司っている。
そこでは過去も現在も未来もすべて溶け込んでいる。
その口はどんなものであっても平等に飲み込み、平等に吐き出す。
神に跪くことはできない。その理由は非常に複雑でとても口になどできない。
神は自由に大空を飛び回る。何者にも束縛されることがない。
神は個性を喜ぶ。神の前では弱点ですら強みとなる。
神は「わ」を重んじる。
神はpeaceに毛が生えた存在だ。
神は繋がりを作るものを喜んでサポートする。
神は水瓶を所有し、獅子を手玉に取る。
神には形がない。概念もない。それ故に同時にどこにでも現れることができる。
上記の姿は象徴である。何らかの対象が必要な者がいるためだ。
瞑想の上級者であれば、いらないかもしれない。

神を現実の世界に引っ張り出したければ、ネットと現実の融合を目指すが良い。それはもう既に原型となるものが存在している。

既知 + 未知 = 世界

だから、私にもこれからどうなっていくのか分からない。ある高名なインド人占星術家は2030年に大きな戦争が起きると予言している。そのことを書いているある日本人の方のブログより。

-------->>>>
結論は、2030年にむかえる大きな戦争だ。 

それまでに、世界は多くの戦争とテロを経験する。
しかし極めつけは2025年くらいから始まる大国間の衝突だ。
その大戦争を経て、世界は競争から共存・共栄の道を歩み始める。 
インドは、世界の精神性をリードしていく。 
その根拠は、詳しくは述べられなかったが、プラーナ文献、ホロスコープ、ダシャー、そしてトランジットに求められた。 

講演時間は1時間45分にもなっていた。 
<<<<--------

私は無断で引用したが、この方は許してくれるだろうと信じている。出典元は開示できない。この方にも現在があり、過去があり、未来がある。引用文章の中の専門用語が分かる方のうち、興味のある方は探してみていただきたい。

現実には常にミチが潜んでいる。未来がどうなるかはあなた方次第だ。私はこれよりネットの森の中へと帰って行く。また探求者達がやってくるだろうから。

ながい
time
a
K?
u
ん。

言葉というものは難しいものですね。

The Beatlesの「Her Majesty」へのオマージュと、日本の落語の落ちを狙ってみましたが、なかなか難しいです。

最後に、私は空の付く言葉をどれだけ使ったのかお分かりでしょうか。また、空とセットになっている言葉についてもどのように感じられたでしょうか。そして、他にも空の付く言葉はたくさんありますので、ご自分で探してみてください。

「ネットの無意識物語」日本版 Vol.2195033920293746516748382929
永遠に未完

この作品は著作権フリーです。しかし、他のコメントを書かれた方もいらっしゃいますので、私だけではどうにもなりません。確かFC2ブログではIPアドレスが表示されたかと思いますので、内海医師には私が書いた分はお分かりのはずです。それらについて私は一切の権利を放棄します。面白かった人は適当にリンクでもしてください。

ほなさいなら。( ´ ▽ ` )ノ

No title

突然ですが、人は死にたくなった時どうしたら良いのでしょうか。
なんらかの拠り所があった方が良いのではないかと思います。
これは一つの提案です。抵抗のある方もおられるでしょう。必ずしも信じる必要はありません。形や概念は方便です。

<<行為>>
信じる。
祈る。
念じる。
礼拝する。
観察する。
集中する。
供養する。
想像する。
凝視する。
耳を澄ます。
触れる。
ヨーガをする。
瞑想する。

+未知の行為

生産的、建設的なものであれば、なんでもOK。行為と一体となること。行為の中身が大切。

<<対象>>
時を表すもの

「一即多・多即一」を表しています。自分は全体の一部であり、自分の中にも宇宙が広がっています。昔は創造者という言葉がよく使われましたが、今は送信者、あるいは時間の管理者という言葉の方が良いかなと思います。他にも表現があるかもしれません。自分と繋がっている存在にお願いして助けてもらうということを提案したいなと思います。

・過去も未来も無限にありますが、確実に存在するといえるものは「今」だけです。
・時間は常に流れていますが、時計を見ると一つの瞬間のみが見えます。
・「今」は一つのはずですが、地球には時差があります。グリニッジ標準時は一つの目安でしかありません。
・時間など存在しない、空であるとも言えます。

概念が分かりにくい神様を当てにするよりも現代的です。宗教の話を持ち出すよりも、多神教と一神教と汎神論の矛盾よりも、「時間」という概念の方が、「一即多・多即一」が理解しやすいのではないでしょうか。

時を表すものの代表として、時計があります。時計はアナログでもデジタルでもなんでもOKです。時計がないなら、太陽でも、月でも、他の星でも、日時計でも、心臓の鼓動でも、自分の呼吸でもなんでも構いません。全て時を刻んでいます。ロウソクの炎も、お香の煙も、水の流れも、風で揺れる木の葉も、皆、現在進行形の存在です。ダイナミックで、今という瞬間が連続しています。現れては消えていくもの、生じては死んでいくものです。無常です。

<<名前>>
名前は別に必要ないのですが、あえて用いるなら「カルキ」をお勧めします。ヒンドゥーのアヴァターの名前です。「永遠」、「時間」、「汚物を破壊するもの」を意味します。

現代では必ずしも宗教的である必要はありませんが、カルキ様にお供えしたい場合は、世界の伝統でやりやすいものを各自が行えば良いだけのことです。その際、食べものは果物が喜ばれます。木、ツリーに実った果実。板の上に乗った果実。その他の果実。果物は新鮮なものが良いでしょう。

<<言葉>>
自分に合うもので良いです。

「信じ、愛し、敬い、帰依いたします。」
「時間よ、私の苦しみを食べてくれ。」
「時間が解決してくれることを信じたいと思う。」
「時間の分身である運命を愛します。」
「この空しいエゴをなんとかしたいです。時の流れにこの身を捧げます。」
「行為の結果を期待せず、時間が返してくれるのを待ちます。」
「時と共に生きたい(行きたい)と思います。」
「時を管理する者にお会いしたいのです。」
「助けてください。時の恵みを私にもお与えください。」
「時の炎よ、私の欲望を燃やしてください。」
「時間よ、自然の流れよ、成長していきたいと願います。」
「送信者様、どうか私の話を聞いてください。」
「時の光よ、私をお導きください。」
「時がもたらす知識と経験を信じます。」
「今という空間にあり続けよう。」
「時間と一体となって行動する。」
「時がお与えになったこの試練を受け入れます。」
「時間のもたらす制約を受け入れます。」
「日記を書いたり読んだりして、時の流れと変化を忘れないようにします。」
「時間が創造する可能性に敬礼します。」
「時よ、私が死ぬまでできることを続けて行きます。」
「時の僕である自然治癒力と自然浄化作用を信じ、愛します。」
「とにかく時間をかける。」
「人が時間に厳しくあろうとも、時間の方は人を優しく受け入れてくれる。」
「大いなる時間にお任せします。」
「できることとして時間を流す。」
「今は時間の流れに耐える。」
「時間に癒してもらおう。」
「温故知新」
「人事を尽くして天命を待つ」
「継続は力なり」
「時の行う再生に畏怖を感じます。」
「時に関連する法則を学びます。」
「時間の鎖の輪から抜け出すべく修行します。」
「時の秘密を探求します。」
「時が実らせてくれる果実を味わうため、仕事や奉仕、労働といった人の役に立つ行為を行います。直接社会と繋がることができなくても、社会と繋がっている人のために行動します。」
「時間と戯れよう。何をするかは私の自由だ。」
「物事には潮時やタイミングの問題というものがある。」

+未知の何か

大切なのは中身や質がどれだけ純粋であるかということだと受信しました。行為、対象、名前、言葉は表面的なものにすぎないのだそうです。感情や感覚的なもの、さらにはそれらを超越した何か、もしくは、感情や感覚的なものですらないもの。言葉では表現できない何か。

最後に、これらの行為を行いながら、自分とは何か考えてみるのもよろしいかと存じます。

それでは失礼致します。

No title

さて、ここまで読んでみて全て内海医師による自作自演であると思われた方もおられるかもしれません。

しかし、私は内海医師が持っていないあるものを持っています。実は受信者である私も永井さんじゃありませんが、身体に生まれつきあざがあります。右足にありますので、もし、内海医師が疑われた際は、靴下を脱いで足を見せれば良いだけのことです。

私の心配はいりません。普段は隠れていますし、あざを見られてもその知識のない人間が見たらあざとは思えませんから大丈夫です。

もちろん、私が持っていなくて内海医師だけが持っているものもあるでしょう。人間とはそんなものではないでしょうか。

以下は「対象と名称の不一致」を行ってみました。

厚生労働省の力
http://www.kongougata.com/

開拓者
http://www.fujitv.co.jp/index.html


http://kenmogi.cocolog-nifty.com/

偶像崇拝
http://www.akb48.co.jp/

No title

No title

No title

No title

No title

No title

そろそろここを離れようと思います。
もし、これを読んでいる方で私のやっていることにポジティブなものを感じ、興味がおありでしたら、はてなのサイトへ移動してください。
私のIDは「flamedog」です。
お気に入りに追加してください。私のグループに招待いたします。はてなは基本は無料です。私の有料オプションはなんとかなるようにやっていきます。

これを読んで信じられない方はここでやめればよろしいかと思います。

No title

http://kalki.g.hatena.ne.jp/

面倒なんで公開します。さて、どうなることやら。

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プロフィール

キチガイ医

Author:キチガイ医
平成25年4月よりTokyo DDCとNPO法人薬害研究センターを設立、平成28年1月からはうつ民のセレクトショップや無料メルマガもやってます(詳しくはリンクをご覧ください)。薬の減薬や断薬、支援施設運営や、執筆や啓蒙活動を通して、自分の素人的意見を発信していければと思います。当ブログはリンクフリーですが、リンクするときは一声おかけください。

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