大阪に行って、浜六郎先生にあって

薬害の大家である浜六郎先生にやっと会うことができた。その感想やほろ苦い話などについて綴ってみることにした。彼となぜ会ったか、もちろん会いたかったからだが、ほかにも理由があるのでそのうち明らかにしていきたい。
NPOビジランスセンターは大阪にある組織で、チャールズ・メダワーとも縁がある組織であるらしい。彼も内科医なので、精神薬だけでなくすべての薬を対象にして薬害問題を取り扱ってきた。薬害に関しての裁判や鑑定書の数をいえば、日本で右に出るものはいないはずである。精神薬についてもいろいろ話をしたが知識は深かった。だが彼はこの十年以上実地診療をしていないことや、精神薬についても新しいタイプの精神薬を自分で処方することはほとんどないため、そこに欠落する部分があったことは否定できないなと思った。

彼が扱う問題の多くは、ほぼ死亡や他害違法行為、そこまでいかなくても肉体的に重度の後遺症を背負ったものが対象である。精神薬依存や離脱で困った人には悪いが、彼が扱ってきた何百というケースに比べれば、私が扱っているようなケースでも軽症だというふうにいえよう。だから造詣が深い薬剤もおのずとしぼられてくる。

例えばメジャーでいえばセレネースを強調していたが、これはセレネースの悪性症候群を扱ったケースが多いからであろう。ベンゾだとハルシオンがやはり最初に話題として出てくる。ハルシオンの幻覚や禁断症状に至るまですさまじく詳しいが、じゃあワイパックスはソラナックスはセルシンは?といわれると、そこまで敵視しているわけではない感じがする。またSSRIならやはりパキシルが筆頭で出てくる。ルボックスの話も出たが、やはりパキシルには及ばないし、SSRIの資料もパキシルだらけであった。パキシルの被害は私の何十倍も知っていること間違いない。

基本的な思想としては精神薬の正しい使い方という視点で述べている。それは良識派精神科医に近いとも言えるし、内科的な部分も備わっている。その辺は私とは違う部分があるし、私のほうがキチガイであること間違いない。昔は私も正しい使い方とやらを追い求めていたが、今の私は精神薬すべて悪の権化だと思っているからだが、だからだろうか、最近なんとなく自称キーサン達に愛着ある気がする

実はフェイスブックには載せたが、大阪に行った二大目的の一つが浜先生に会うことであり、もう一つは講演をすることだった。私ともう一人の講師で講演したが、講演内容は「非精神科医療と非カウンセリング」という題材。そんな講演をする私が浜六郎先生と同じであるわけもない。講演は満員だったが精神科医療に頼らないためどうするかというエネルギーであふれていた。いろんな分野の人がいたように思う。もう一人の講演者はあらゆる精神病院、あらゆる福祉施設から、見捨てられた患者たちを受け入れている施設の元理事さん。その人のキーサンぶりと異種的キーサン横つながりが、私に影響を与えているのかもしれない。

そういえばビジランスセンターでは「精神科セカンドオピニオン」の話になった。その時反応した事務の方?の言葉が皮肉というか、印象的だった。いわく「あー。あのイケてない本」「・・・・・」。浜先生にいわれるならまだしも、その周囲の人にいわれるのは苦笑しかなかった。今ならその意味はわかるが、その当時なら何も分からなかったわけだが、その言葉が浜先生に対する評価を一段と高めたと思う。その事務の方は中身について批判しているのではない、薬の内容についてダメだししているのだ。もちろん医師でも薬剤師でもなんでもないと思う。そういう人が事務にいるというのは、どれだけ教育がいきとどいているかという証でもある。

たしか笠医師周囲のキーサン達が、「精神科セカンドオピニオン」の書評として、悲しみの本だが嘆きの本だがいうコメントがあったように思う(間違ってたら訂正します)。それは要するにセカンドオピニオンなどがやってきた活動は、真のキーサンたちにとって迷惑であり所詮薬であり、妥協の産物そのものであったということかと、勝手に解釈している。もしそうだとしたら彼らの言い分は間違っていないし、ある意味別のキーサンパワーが私に注入されているからこそ、やくざが恐れるキーサンも私は怖くない。さらっと流せるし議論するなら延々としゃべることもできる。めんどくさければ相手しないこともできる。

それはつまり精神科における行動の全てが、誰かをコントロールしようという行為に他ならないからであり、それに改めて私が気付いたからでもあり、それが非常に嫌と感じていることにこの一二年で気付いたからである。捕まりたきゃ捕まれば?生保ほしけりゃ生保でいけば?って、「どーぞご自由に、でも私は言うこと聞かないよ」てのが基本になっていて、ぶつかりも紆余曲折も事件もどんな精神症状も、すべては一つの人間ドラマみたいなもん、なんでもありじゃんみたいな発想を持つようになったからだろう。秩序ばかり求める人間たちには理解できないかもしれない。

全部と関わってきた私は思う。キーサン達も薬害被害者たちもCCHRも精神科医もみんな同じである。方向性が違うだけでしかないのをあらためて認識した大阪だった。

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No title

全てにおいて鋭い指摘をもって皆の迷妄を解き、解説してくれるのが先生の持ち味だと思います。これからもよろしくお願いします。

感情のマネージメントと、性質と疾患の鑑別

おはようございます。

厚労省が以前、「怒りのマネージメント」と題した自己コントロール法を社会復帰プログラムに導入して患者会などから反発を受けていました。

概念的には、精神科に受診される患者さんや一般人の感性や感情は人間性そのものであるとして、寄り添う精神科医はかっこいいし、理想的だなと思った時期があります。

しかし、自分の意思ではない怒りや自殺企図が、突然に遺伝子のスイッチをオンしたかのように、周囲に関係なく瞬間に猛烈に湧き上がるとすれば、一体、何が原因なのでしょうか?

患者本人が、自分自身の思考ではない苦痛に苦しむことを患者自身が気づく場合はよしとしても、気づかない場合は患者本人の意思とされる。それも、あるがままでいいのでしょうか?

ブログなどに投稿される方々の回復には感動します。まだ上記のように、自分の意思ではない、極地の苦悩に苦しむ人たちは膨大な数でしょう。激怒や自殺念慮などに、本人の意思ではない疾患性の鑑別を、精神医学がどこまで可能なのか、疑問です。

怒りや自殺念慮などが医学的問題とされる場合は、精神科の薬で救済するのではなく、医学的救命(重大な臓器障害)は当然必要不可欠。家族なら、性格ではなく命に関わる事態と判断できます。

厚労省は、社会復帰政策に導入したため、ややこしくなり、やはりダメだなと思いましたが、怒りのマネージメントは本人にとってこそ、大切だと思います。激しい怒りは、コルチゾールを高め活性酸素を発生し、連続は、細胞萎縮させ、生命を短縮してしまうからです。

他方、一時期ハメはずした若者に、指導する親やカウンセラー的存在の人が、激しく叱咤した挙句、その若者が涙を流して改心していくテレビ報道を見てると、腹立たしくなります。そんな簡単に改心するものなの?って、叱咤する言葉に、ムッときます。

つまり、疾患と性質との境界線の鑑別が問題です。性質が問題なら親や環境ストレスがすべきことであり、医師の医療行為に頼るべきではないでしょう。しかし、過激な環境ストレスや薬害による感情障害が、脳障害もしくは各ホルモン機能異常や免疫疾患などの身体機能障害もあると理解するので救命は必須だと思います。

この世界は疾病と性質のボーダーが混沌としており、また、医学でありながら検査を殆ど無効化する精神医療において、症状を観察だけして終わるので、その鑑別は困難を極めます。浜医師は医科学的客観性の1方向からの鑑別ですが、精神医療は薬物を使用する限りにおいて、心理学的偏りを検証していくべきでしょう。

(当家は、脳梗塞や肝腎障害など多臓器の障害を被り、重度でしたが、5年前(向精神薬が無くなった日)から、自家製の栄養解毒でふんばり、脳神経内科のビタミン酸素療法などで改善し、精神科医療から卒業よ~と本人に告げ、喜びました)。


2011-11-25 08:06さん

もう少し、自分の投稿を明確にしたいと思い、投稿しなおして、前後してしまいました。失礼しました。

やはり、同じですね。薬害の直後、当家では、普通の会話「うん、な~に?」と言った瞬間、次に激しい怒りの言葉。まるでスイッチオンオフしたかのように、初期は1日に何十回も頻発。生まれてから、この症状勃発まで、怒りに全く縁のない兄弟さえ異常と思えるほどの誠実温暖なタイプでしたので、生命の危険はすぐ分かりました。
その後、年月とともに、そのパターンは時間の差が大きくなり、数日おき、数週間おき、と長くなり、言動も緩和してきました。
国立病院も海外論文も、殆どが抗酸化物質投与の治療法で研究しているようです。
当然ですよね。異物である薬剤が毒性に変わり、細胞を痛めたわけですから、薬物以外の、抗酸化物質や解毒で体質改善、血液改善していくことになりますね。

2011-11-25 09:15さん

>~これを推奨していく方法を教えていただける機関や人材を広めていくことが薬害被害を除去していくことに大変有効であると考えます。

そうですね。症状勃発で苦労していた当時、2007年ころに、厚労省担当部には、薬害救済センター的な施設で、製薬会社が資本を出して、向精神薬ではない、安全な治療法で改善すべき事態だ、と訴えてきました。

合併症を検査するだけでもと、東京、神奈川の精神科をもつ総合病院、大学病院に連絡しても、帰ってくる答えは全部、精神科へ、でした。東大精神科は「向精神薬で治療する患者しか受けない」と明言されました。
他科の診療科は、生命に関わると何度説明しても、「一定の拘束が必要な患者さんは、精神科しかない、うちでは拘束はできない」と。

次に、厚労省のある担当官から、症状を訴えると「脳血管性痴呆症」の回答がきて、人生が壊されたほどの大ショックでした。

以降、自分で調べました。上記は、SSRIなどで激怒などが発生したら、医学的対応ではなく、拘束対応しかなく、生命救済には、ほど遠い、医療のエアーポケットにはまったことを痛感したことです。

>ママさんは個人的に文献などで勉強されてこの方法を勧められたのでしょうか?あるいは専門医のご指導のもとにで行われたのでしょうか?お教えいただければ幸いです。

一人で調べました。といっても、厚労省含めてあちこちに、治療法を問い合わせても、答えはどこもありませんでした。
毒性研究家だけが、大きなヒントをくれましたが。調べた内容と、治療法や実際に改善してきた、いくつかの方法を、根拠をもってどこかに提示してみたいと思っています。

色んな方法があると思います。
私の理解の、一番は、シンプルです。大豆、ニンジン、乳製品の治療的高用量は、優れていました。また、赤血球改善は、細胞の最小単位であり、第一だと理解しました。

SSRIの場合は、血小板輸血で完治したなどの改善方法が海外論文にありました。論理的にあっています。抑肝散は、肝臓にもいいとされていますが、激昂も抑える、理屈にあっていますね。

グルタミン酸は、脳の栄養部位とされるグリア細胞に影響するアミンの興奮性物質。この酸の過剰抑制と、リチウムはカルシウムイオンの細胞異常流入を抑制して、脳内保護作用があるとする説がありますが、この2種の共通項である、カルシウムイオン細胞過剰流入の抑制作用は、双極性障害(躁うつではなく、細胞障害による感情障害のこと)に、効果があるとされており(加藤忠史)、薬害の場合、カルシウムイオン細胞流入による弊害は、その治療法をもって、理論的にも体験的にも合致しました。
ただし、リチウムは効果はありましたが、腎障害でしたので、あえなく中止しました。

色んな症例報告がなされています。主に抗酸化物質です。
特に肝臓障害の場合は、膵炎や胆管炎を考慮した酵素(発酵物)や、イノシトールサプリが奏功した感があります。
進行性だったので、時系列に必死でした。製薬会社や医師、国の責任は重大です。絶対に許されないでしょう。

ようやく医療に繋げることができて、検査してもらい、暖かな治療法(ビタミンや血流促進や酸素など)で一緒に乗り越えてくれた、とある脳神経内科には、共同支援者が現れたという感謝の思いがいっぱいにあふれました。一人は誰だってきついですよね。でも、考える暇などありませんでした。



No title

自分自身の意思ではない怒り・・・
自分自身の思考ではない苦痛・・・

そんなの、みんなあるんじゃないの?理不尽な感情っていうか?
栄養療法なんてない時代から、人々はやりくりしてきたのでは?

2011-11-25 10:37さん

ですから、心理と医学的障害のボーダーの不透明さが、精神医学の不幸です。
他科でしっかり検査して傷害や異常値が出たら、精神科は反論ないでしょう。

命の危険は、そんなあいまい判断ではありません。

患者も家族も、今、救命されたことを実感しています。行動療法などで、細胞傷害が治療できるなら、精神科医も国も、口をそろえて教えてくれたでしょうけど。

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No title

話は違いますが、[blog 病気にさせられて] の管理人さんが、就職したそうです。すごいの一言。彼の抜き方こそ真にあるべき姿ですが、できる人はなかなかいまいと思う。ドラッグの中身も一級品だから(>_<)。世の中で流行っている減薬法そのものが、実はまた精神科医の洗脳、業界予定調和であることを理解できる人間は少ない(T-T)

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働きたい

http://mental007.web.fc2.com/index.html
今までを返してくれ

CCHRの主張はかなりの程度理解出来る。実は・・・

反精神医療。本音を言えば着眼点は素晴らしいと思う
医療システムと薬剤は補助である
自然治癒力は動物的本能

この課題は川上を締める事に尽きる
後始末部隊とは別に

中-下に関しては減薬と断薬しかない
概ね40歳であろうか

これはスポーツ根性物である事は体験者しか分からない
乗るか乗らぬかは自己の判断
医師に責任転嫁は出来ない

厳しく自分を律する事
誰にも依存しない事

最悪、死を覚悟する事であろうか

ロシアンルーレット
面白い

No title

おお、素晴らしい理解ですね、まさにその通り。
キーサンさんですか?それとも実は精神科医?笠さんの周り?
CCHRでさえ枝葉の問題だということは、やっと私もわかってきましたよ。精神は自然治癒するし、キーサンはキーサンらしく生きてもらえばいいということの、本当の意味がね。一応それでも体制側資格(=医師)ですから、法律くらいは守ってほしいけど。

真のキーサンが生保や障害年金を受け取ることまで、否定する気はないですよ。っていうかキーサンっていうより自閉症とか知的障害ってだけの話だし。精神医療問題の99%は、キーサンではない人がキーサンに仕立て上げられているだけということだし。薬害被害者は薬害被害者、キーサンはキーサン。別に考えないとね。



精神科医の務めは初診時の鑑別ですよね

ありがとうございます
セカンドの節はお世話になりました

今の減薬で高度脳障害で寝たきりになっても悔いはないです
このまま生きてても世間の迷惑
勝負を掛けます

精神科医が出来る事は限られるでしょう
常態として薬剤を処方するのはモラールに反します
如何に早く正常に持っていくか

患者回転数こそが医師の力量
固定患者を回すのは拙い

一人のドクターのクリニックで年商6000万が目指されます
これは異常値だと思います

医師になるのに掛けたコストと労力を回収するには
これ位必要でしょうが
収入を希望するなら美容整形です

弁護士より高収入です。そもそも弁護士は儲からない


真性精神病患者が圧倒的少数であるのは自明です
概ね偽患者

後は敗者復活としての労働市場の整備です
ここが出来ていれば安心して減薬にチャレンジ出来るでしょう

おっしゃるように医師は体制側資格です

医師は国家資格であり反体制を体制に順応させる役割です
これは職業人としてです

業として医業を行う間、違法行為は許されません
医師は最高峰の資格、別格です
尤も法の運用には幅がありますが

私人としての思想信教の自由は保証されるべきでしょう
代々木病院もある

医師の評価はどれだけ治したかが基本ですよね
それがコンプライアンス

そもそも病気じゃなければお引取り願うべきです
勿論医師といえども失敗はあるでしょう
止むを得ない事です

悪意なら兎も角、善意なら黙って目を瞑るべきだと思います
医師に逆らっても無駄です

私の先生

http://eradicationpsychiatr.blog.fc2.com/
このブログは私の先生
勝手に転用してすみません
内海先生ご推薦の模様ですね

私は文筆業で生計を立てたいです
伊集院さんが目標です
亡くなられた夏目雅子さんのご主人

やりとりを拝見して何となく・・

内海先生のお人柄が分かってきました
生意気言ってすみません
僭越ながら
愛妻家で子煩悩で曲がった事は大嫌い、質実剛健、文武両道
強い個性をお持ちで社長肌、聡明で理知的という印象です

医師の道を選ばれなければ実業家として成功されたのではないでしょうか
芸術・音楽・若しかすると陶芸や座禅にもご関心があるのでは

先生はワインがお好きとの事ですが相当凝ってらっしゃる気がします

==
私の事を申し上げれば
ピカソ・岡本太郎・相田みつお・永平寺・恐山・曹洞宗が好きな
完全な芸術家肌です
先生と一緒で恐縮ですが織田信長が大好きです
必殺仕事人とも呼ばれています。一匹狼ですね。群れないです
でもこう見えても家族思いで涙もろいです

昔は赤穂浪士的でしたが加齢と共に徳川家康に似てきました
戦国時代に生きていれば参謀として活躍したかも。策士ですね

ラストサムライの最後のシーンは忘れられません
上官に無断で撃ち方やめと命じた下士官、素晴らしいです
私は軍曹のタイプでもあります。指揮官には向きません

個人的なこと失礼しました。ご自愛下さい

No title

たちの悪いナルシストなだけ

品性に欠く投稿ご苦労様です

無事あの世に行って下さい
三途の川で待っています
蜘蛛の糸を断ち切ります

人格崩壊してますね

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プロフィール

Author:キチガイ医
平成25年4月よりTokyo DDCとNPO法人薬害研究センターを設立、平成28年1月からはうつ民のセレクトショップや無料メルマガもやってます(詳しくはリンクをご覧ください)。薬の減薬や断薬、支援施設運営や、執筆や啓蒙活動を通して、自分の素人的意見を発信していければと思います。当ブログはリンクフリーですが、リンクするときは一声おかけください。

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