2011年 あけましておめでとうございます。

いよいよ新しい年、活動がスタートします。先月までとは違い、できるだけ明るくいければと思っておりますが、いかんせん中身に暗いものが多いだけに、ご容赦いただければ幸いです。そんな中でもできるだけ折衷して明るく読めるものにしようと思っています。中身に専門用語や引用を入れることもありますが、基本コンセプトは「素人的」ですから、素人の人でもとっつけるようにしたいと思います。

今回は赤ちゃんについて書いてみたいと思います。というのは私にも12月で一歳になったばかりの娘がいるからです。その行動と精神医学、心理学の話を少しリンクさせてみましょう。

うちの子を一言でいうなら「元気のかたまり」です。赤ちゃんという言葉の由来がそうといわれればそれまでですが、それでも助産婦さんに、去年一年で一番大きな声で泣いたと言われてしまいました。4か月かそれより前に離乳食を食べ出しましたし、それも最初からおかゆなどを嫌がり固いもの、特に白米と肉を好みました。先々は肉食系女子でしょうか。遊ぶのも人と接するのも大好きで、7~9ヶ月くらいで伝い歩きやハイハイができた時は、キッズルームなどで他の子に襲い掛かりました・・・一緒に遊んでほしいだけなのでしょうが、たいていの子はその行動を取られたとき、突然なのと人見知りで泣くことがほとんどです。ところがたまに海外の子などと接するとかなり意気投合しています(海外の子はADHD系が多いかも?)。おもちゃも好きですが、すぐ飽きてぽいぽい投げ捨てます。先月からは歩けるようになりましたが、飽きっぽいくせにまた興味あるものを見つけ突進していきます。そんな彼女にもこれは好きというおもちゃ、行動がいくつかあるようで、真に興味あるものには行動が違ってきます。最近は人並みに人見知りも出てきましたが、やはり抱っこされながらも他人にあいさつしたりさわりたがります。怒り方も近月は様になってきました。

思えば私は自分自身をADHD的であると言ってきました。部屋のかたずけが下手で忘れっぽく、衝動的で怒りっぽくいろんなものに興味を持ちます。外に出て人としゃべるのが好きで、完璧主義とは無縁の6割合格論者です。そんな中で一番興味を持ち、人並み以上になれたのがアイスホッケーと囲碁でした。私の中で自慢できるものといえばこれくらいしかなく、勉強などは手抜きばかりなので今のように不出来なのでしょう。要するにある物だけ一点集中、他はテキトーで要領がいいだけとよく言われますが、はずれてはいないと思います。

さてこれらを考えた時、私もそうですが、娘もADHDというカテゴリーに典型的にあてはまります。しかしこんな特性は赤ちゃんであれば半分はあてはまるはずです。アメリカの精神学者が「昔はADHDなんて言葉は使わなかった。子供(child)と言ったんだよ。」と述懐してますが、その通りです。また子育ての本にはこうも書いてあります。「子供の行動には必然性がある」と。逆に完璧主義で内向的だと(受動型)アスペルガーとなるなら、要するに人類みな発達障害ということになってしまいます。そこに障害とつけること自体がおかしなことではないでしょうか。この簡単な理屈はずっと多くの人に唱えられてきましたが、いまだ浸透が鈍いように思います。統合失調症の代わりとしての発達障害、薬物過敏を考える上での発達障害でしかなかったのではないでしょうか。

私はこれまで発達障害という病名をつけるのは、ほとんどセカンドオピニオンを求めて来た人たちばかりでした。地元の患者さんたちには、「不安症だね」とか「うつ状態だね」とか「妄想状態だね」とかで、なじみのない病名をつけることはほとんどなかった。あるとすれば地元でもドクターショッピングとなっている人くらいです。そこには、「改善が難しいので、遺伝的、性格的要素や発達過程まで考慮に入れないと良くならないよ」という意思が発達障害という言葉に込められていたからだと思います。

私は著書でも自分が何々障害と言えるくらいの医者でないと危ない、ということを書いてますが、これは親や子供であっても同じことがいえます。よく意見を求めに来た親御さんが、「子供はやはり発達障害でしょうか?誤診なのでしょうか?」と仰ることがありました。その時こう答えたものです。「じゃああなた方は何障害ですか?なぜ子供だけ障害なんですか?もしそれが理解できて発達障害の意味まで詳しくわかった時、誤診という言葉の愚かさも理解できるでしょう。その時は子供さんもだいぶ元気になっているはずです。」
またこう聞かれることもありました。「発達障害は治りますか?(こういう本もありますが私は読んでないです)」この場合人によって答えが異なるのですが、総じてこんな感じで返事してます(本と一緒かは知りません)。「発達障害は治るものでも治すものでもないですよ。つきあっていくものだし能力だと思うべきものです。そもそも障害なんてつけるのがおかしいのだから。だから薬じゃ根治しないのです。」

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No title

子供は小さい頃のままそのまま行くとは限りません。多動で多弁な子が、徐々に話さなくなり、高校、大学では全く大人しい子の代表になったり、逆に人見知りばかりして、全然人と接することなんか出来ないと、思えた子が皆の中心になり、活発に動き、話すなんてことはよくあることです。
これからの環境との関係を見なければ、今の状態がすべてなど決められないですよ。これは医学部の教科書にもないことです。自分で見極めるより仕方ない。医師は早急に決め付けず、しっかり観察あるのみですよ。しかし、これが出来ない医師の多いこと!!

残念ながら23:17さんは東洋医さんが書かれている意図を理解していないようです。

No title

ご自身や、娘さんも、発達障害ということですので、精神科に通院したほうがいいということでしょうか。
今、児童精神科というのが流行ってきていまして、発達障害の子どもには薬物治療を早期におこなうのが、主流になりつつあります。
おそらくこの流れは、止まらないでしょう。
就職難で社会に出られない人や、ひきこもりが精神病だという流れが止められなかったのと同様です。
結局、病気かどうかを判断するのは、医師ではなく、親だということでしょう。これが精神医療のもっとも大きな問題です。

No title

医者にとっては、やはり商売であるので、お客のパイが増えるのは、うれしいことです。
今まで病気ではなかった人を病気と診断することで、飛躍的にパイは増えます。
とくに精神科クリニックは、美容院とかと似ていて、できる限り長いこと通院してもらうことをビジネスモデルにしています。
少し要領のいい医師なら、薬を調整して、長期に通院してもらえる状態にもっていき、常連客になってもらい、クリニックの経営を安定させようとします。
患者さんの年齢が、ある程度高くなって、社会に出れなくなると、デイケアを開設し、そちらに移ってもらいます。
医療費を国から、ぶんどってこれますので、クリニックの経営はますます安定します。
薬は、提携している調剤薬局のために、大量に処方し、バックマージンをもらうしっかり者の医師もいます。持ちつ持たれつです。

クリニックと関係ない薬局で薬を購入することは、身を守るための第一歩です。
間違っても、クリニックでもらったお奨め薬局の地図を頼りに近所の薬局に行ってはいけません。
提携している薬局に行けば、医師がおかしな大量処方していても注意はしてくれません。

なんだかんだ言っても、医者も客商売です。要領のよいしっかり者の医師には注意が必要です。

08:44です。
13:53さんも意図をご理解できていないご様子。発達障害という診断はどの人にでもつけれるよ、そんなのおかしいよというのが意図じゃないでしょうか。東洋医さんは児童精神科の批判を繰り返されている人です。「精神科に通院させた方がいい」というのは逆だよ、と訴えているのではないでしょうか。

No title

要するに、東洋医さんは、どうしようとしているのか分かりません。
我が子を手に負えず、「この子は普通の子でない、何かの障害に違いない」と思い病院やクリニックを訪れた親御さんや、子どもにどう対応するのか。
発達障害という病名をつけ、大人しくさせる薬を処方するのか。病名をつけても、薬は処方しないのか。病名も、薬も処方せず、親に対応を変えてみるように説得、教育するのか。
東洋医さんのブログからだと、「自分や娘もADHDだが薬を飲んでいないので、薬を処方しない方向で対応したいです。」という風に親を説得するのか。
それでは親の力不足を指摘するようなもので、悩んでいる親の中には、どうにか子どもを障害者にしてもらって、自分には問題ないというようにしたい方が多くおられます。
そういう方は、病名と薬を処方してもらうために、別のクリニックに行ってしまうでしょうね。

周囲に迷惑をかけても、薬を飲まさないか、迷惑をかけないように薬を飲ますか。
薬を処方しなければ、精神科はやっていけません。
保険適用外のよくわからない医療を親御さんも受けさせようとはしないでしょうし。

No title

普通って何なんでしょう。
障害とつかなくても人それぞれ偏り、性格、得意分野も違う。

普通って同じ動作をするロボットなのかな。

情けないですが、今でも指しゃぶりをして寝ていますよ。
(他人がいるとやらないので対処済み?)、ぬいぐるみ好き、普段見せない甘えたがり、偏りが強い。

他人に迷惑はかからないですよ。

信繁さん

普通って 確かに 一体何なんでしょうね。
私は 最低線の決まりを 守れる事が 普通の概念に近いかなと。
例えば 双方の話し合いで 約束されたらなら その時間を
守るとか 借りた物は 返すとか・・・せめて 人と関わるなら
最低線の礼儀として。
貴方が 指しゃぶりり ぬいぐるみ等 他人に迷惑をかけない事なら
自由自在で 全然構わないと 思いますよ。

No title

私は昔やらかした事があるので思うのですが、環境に影響があっても行動(犯罪)してしまったら傷(責任)をずっと抱えますよ。
全てを環境のせいにしたくない(心の中でも格闘したりも)、それに消えない古傷です。
今でもそれは残ったままですが、これは自分のやった事なので付き合っていくしか道がないです。

変に見える行動をする人がいたとして、法律内で自分の趣味範囲でならは問題なくても、それが他人へ行動してしまったらそれは自己責任になるのでは?

薬を飲まなくなっても、通院しなくなってもそれはそれで不安を感じます。悪くなった事があるからですが。
半年、一年の定期通院でも、緊急や薬が必要なほど悪くなったときは安全金具?があるとないでは不安、孤立しないで済むのですが。悩みなんかは親しい友人でも助かりました。

扉を開けるのは難しいのに閉めるのは簡単ですよ。
そこでの格闘をして扉を閉める方向へ行かせるのが家族や医師なのか。
でもそこまで苦しみ格闘して疲れれば最後の最後は閉めるでしょうね。自己責任でも。

ありのままを書くのも疲れるので書き込みを終えます。

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プロフィール

キチガイ医

Author:キチガイ医
平成25年4月よりTokyo DDCとNPO法人薬害研究センターを設立、平成28年1月からはうつ民のセレクトショップや無料メルマガもやってます(詳しくはリンクをご覧ください)。薬の減薬や断薬、支援施設運営や、執筆や啓蒙活動を通して、自分の素人的意見を発信していければと思います。当ブログはリンクフリーですが、リンクするときは一声おかけください。

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