ニーチェ

前も書いたが、哲学者の中で私は一番ニーチェが好きである。晩年の脳梅毒や狂気、友人との折り合いの悪さや信念性、ナチズムなどに利用されてしまった思想など功罪いろいろあるが、それこそ人間っぽくって、かつ超人を目指そうと頑張っている姿が心地よい。永劫回帰とか超人とかいろいろな思想があるが、私が一番好きなものはニヒリズム(虚無主義)そのものとルサンチマン。簡単に説明すると以下であろう。

ニヒリズムをネットから引用すれば、「この世界、特に過去および現在における人間の存在には意義、目的、理解できるような真理、本質的な価値などがないと主張する哲学的な立場」である。もう少しわかりやすく言うと、「今まで最高の価値と人々がみなし、目的としていたものが無価値となった事態」である。更にもう少しわかりやすく現代にも当てはめると、「神とか原発とか精神医学とかその他諸々、絶対であり間違いがないとよばれる思想とやらに対して、いかに幻想であり偽善であるかを知り、人間である本質を知る」ということである。神でさえも捏造であるという思想にはほれぼれする。

ルサンチマンをネットから引用すれば、主に強者に対しての、弱い者の憤りや怨恨、憎悪、非難の感情をいう。社会的に強者であれば、嫉妬や反感といった感情に主体的に行動することができるため、フラストレーションを克服することができる。そのため、仮にルサンチマンの状態に陥ったとしても、一時的なものでしかない。反対に社会的な弱者はルサンチマンから逃れられない。その状況を克服するための行動をとろうとしないし、何もできないことを正当化するようになる。こういった自分の陥っている状態を正当化しようとする願望こそ、奴隷精神最大の特徴である。

ニヒリズムの本質はすべてが偽物であり、自己を克服していくためには全偽物を当然のように認識し、何らかのエネルギーに変えていくということだと思う。いろんな批評が載っているが大きくは間違っていないだろう。これらの考え方は私の根底に深く宿っていると思う。ニーチェを知らない時代から私の思想はそうであったし、ニーチェがなぜ人々に受け入れられなかったのかも私には手に取るように分かる。

ニーチェの言葉を名言集から抜き出すと、まるで現代そのものや精神医療そのもののこと言っているように聞こえる。彼の言葉が痛烈でありつつも的を得ているため、人々はそれを聞くことができない。それを聞けば自分を全否定されたようなルサンチマンに陥るからであり、自己を防衛するために自分が編み出した思想ではなく、他人の理論や経験を持ち出して対抗しようとするからである。それが愚者の本質であるらしい。私も所詮愚者の一味に過ぎないのかもしれないが、自分のコメントはここで終わってネットから拾った彼の言葉を並べてみる。後はご自由にどうぞ。

「あらゆる種類の確信に拘束されない自由さは、懐疑家の意思の強さに屈している。信念を欲すること、無条件さを欲することは弱さの証拠である。」
「高名なるすべての賢者よ、お前たちは民衆と民衆の迷信に奉仕してきたし、真理には仕えなかった。そしてそれゆえにこそ民衆はお前たちに敬意を払った。」
「我々が不意にある事柄について問われた場合に思いつく最初の意見は、一般に我々の意見ではなく、我々の階級・地位・素性につきものの決まり文句にすぎない。」
「私の真理は恐ろしい。というのは今まで嘘が真理と呼ばれてきたのだから。あらゆる価値の価値転倒・・・これが私の方式だ。」
「地球は皮膚を持っている。そしてその皮膚は様々な病気を持っている。その病気の一つが人間である。」
「母親は息子の友人が成功すると嫉む。母親は息子よりも息子の中の自分を愛しているのである。」
「十分に自分自身を支配する力がなく、絶えざる自己支配・自己克服としての道徳を知らない人は、無意識のうちに善良で同情的な情動の崇拝者になってしまう。」
「自己欺瞞なしで永遠の愛を誓うものは、愛情の見せかけを永遠に約束するものだ。」
「善悪において一個の創造者になろうとするものは、まず破壊者でなければならない。
そして、一切の価値を粉砕せねばならない。」
「世論と共に考えるような人は、自分で目隠しをし、自分で耳に栓をしているのである。」
「あらゆる人間は、いかなる時代におけるのと同じく、現在でも奴隷と自由人に分かれる。自分の一日の三分の二を自己のために持っていない者は奴隷である。」
「最高の善意には最高の悪意が必要だ。」
「偉大な人間が苦痛の叫びをあげると、小さな人間がたちまちよりあつまってくる。そして快感にうずうずして、舌なめずりする。しかもそれをみずから「同情」と称する。」
「宗教は間接的にも直接的にも、教義としても比喩としても、いまだかつて一つの真理を含んだことはない。というのは、どんな宗教も不安と欲求から生まれたものだからである。」
「大きな苦痛こそ精神の最後の解放者である。この苦痛のみが、われわれを否応なしにわれわれの最後の深みにいたらせる。」
「犠牲行為によって計画される道徳は半野蛮的階級の道徳である。」

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全ては、逆転の発想なのですね。
奥が深いですね、あらゆる事象を発想の転換で考えると 違った世界が見えてくるのでしょうね。

No title

2:51さん、コメントいただいた件ご心配いりません。
頑張ってください。こちらも応援しています。

No title

やっぱ、あんたダメだー…、、、もういいや。

神についての件について、一点。神が機関的なものであるか否かについてはひとまず置いておくとして、「神を『信じる』こと」あるいは消極的ではあるが「神の存在を『否定しない』こと」などと、「神の御心に寄り添って『行動』すること」との間には大きく深い溝が横たわってるんですよ。
軽々乗り越える輩もいますが。

なんつーかね、物事を根本的に考えたことがないことがバレバレなんですよ。
引用元もネットやせいぜい名言集のお手軽なもの、なめんなっつーの。

そんなんだから、多かれ少なかれ(?)眩く映った笠先生に簡単に飛びつき、簡単に放り投げることでしか、自らの、それこそルサンチマンつーか溜飲を、下げることができないんだ。

自分に多動性やアスペの気があること知ってるんなら、じっくり腰据えて、まずはアシュトンでも読みなはれ。
別にニーチェでもなんでもいいけどさ。

大切な学習の機会、どんどん失っていってますよ。

No title

間抜けなのはオマエだよ。。。。。

オマエレベルにあわせて書いてもらってるのがわかんないの?
簡単に放り投げたって何回もセカンド閉鎖してるRのこと?
物事を根本に考えたことがないの?
放逐の経緯とかわかってるの?
発達障害って何か知ってるの?
そこまでバカなの?????

No title

確かにww

素人的意見を発信していければいい
>>裏や奥しゃべってもわかんねーだろ
ともとれるから。

前、誰かが、このブログには気付くレベルが
ある、みたいなこと書いてたな。

つまりはそういうこと。

文字面しか読めない奴に、用はないってことか。
とはいえ東洋医を評価したくないがww

ニーチェの引用した言葉は、あの狂信的なカルト集団を揶揄したように思えた。

精神医学教っていうやつだろ。

あれって、相当気持ち悪いカルトだよな。(w

薬物つかってイニシエーションとかしちゃったり。
着る必要のない白衣を着て、
「おまえは将来ナニナニ病になる」とか予言しちゃったり
そして、薬物で信者を毎年、何万人も殺しているらしいぜ。

白衣を着た牧師は狂信的に薬物を信じているらしい。

何十万人も洗脳されているらしいぜ。
やばいから、気をつけろよな。

No title

深いようで浅く、浅いようで深い。
言葉で説明しようとすると、どうしても理解されない。
相手が精神障害者ならなおさらだ。
きっと患者たちには、何も期待しないで書いてるな。

精神医学を絶対的と崇拝するのではなく、仮像として積極的に受け入れ(ルサンチマンのエネルギーを)今、一生懸命生きる(エネルギーにする)こと。という理解でよろしいのでしょうか?

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最後に質問

内海先生
ニーチェとはほとんど関係ないでしょうが、精神科医に限らず、すべての医者にとって一番大事なものは何とお考えでしょうか?
お答えいただきたく思います。
どうかよろしくお願いいたします。

No title

私が書くとまたいろんな輩が書き込むので嫌ですが、医師の仕事が何かを書くとすれば、「できるだけ多くの人を治癒させること」だと思います。ここで方法論として意見の相違が出てくるのでしょう。

私は精神科領域においては、人が自力で生きていく力を身につけることが治癒点であると思っています。それは社会への対処法、精神的症状への対処法を身につけることと同義。症状が一次的に治まること、自分が求める満足を得られること、神頼み的に助けを受け入れること、これらを治療ととらえている人もいるようですが、私は違うと思うので、癒しや優しいタイプの治療に反対しているわけです。それは一時的には良くなるに決まっています。患者や家族が求められるものをそのまま与えられるからであり、子供がおもちゃを買ってもらって満足するのと変わりはありません。しかしその後で弊害が出てくるのは当然でしょう。

ある人は精神科医の評価点は治癒率に尽きると言っていましたが、間違ってはいないと思います。精神薬を否定するのは改善にとって何ら根本的に役立たず、問題を先送りしたり、副作用ばかりであるからです。

しかし私の所へ来ても改善率は2/3程度しかありません。残りは減薬をあきらめたり、家族調節を自分たちで付けれなかったり、社会洗脳に勝てずに終わります。その率が高いか低いかの判断はお任せします。

仲間や親がいないと生きていけないのは治癒とは言いません。仲間を否定するわけではなく、その仲間がいても自分がやるべきことをできること、共依存とならない肯定的な関係を私は考えています。以前動物的世界、弱肉強食的世界の話もしましたが、そういうイメージでもあり、支えあうことを否定しているわけでもない。ニュアンスが伝われば幸いです。

No title

>反対に社会的な弱者はルサンチマンから逃れられない。
>その状況を克服するための行動をとろうとしないし、
>何もできないことを正当化するようになる。

普通の感覚を持った人間なら薬漬けにしておいて長期閉じ込めという精神病院の現実を
「なんかおかしいのでは?」と気づくはず。
見て見ぬフリをしている薬剤師、看護士、ソーシャルワーカー等の罪は大きい。
約8割以上が私立の日本の精神病院で異論を唱えたら、
「明日から来なくていいから!」と言われるのが怖いのは解るけど。

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読みました。ニーチェ語録わかりやすいですね。

私は、秋日子かく語りき、がすごく好きな漫画なのですが、秋日子は私になんだか似ている憑依体質の女の子で、親友の女の子はまさにニーチェな感じだったので。

ラストも素晴らしいですよ。

大島弓子先生の、少女向けは読まない殿方でも、読みやすい絵柄に変わったあとの作品です。

大島先生のこと

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B3%B6%E5%BC%93%E5%AD%90


ついでにF式蘭丸、絵柄は少女少女ですが、オススメいたします(笑)
プロフィール

キチガイ医

Author:キチガイ医
平成25年4月よりTokyo DDCとNPO法人薬害研究センターを設立、平成28年1月からはうつ民のセレクトショップや無料メルマガもやってます(詳しくはリンクをご覧ください)。薬の減薬や断薬、支援施設運営や、執筆や啓蒙活動を通して、自分の素人的意見を発信していければと思います。当ブログはリンクフリーですが、リンクするときは一声おかけください。

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