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個人の感情はいらない

重要なことなのだが。

これは非常に重要な診療をしていく上での技法である。あらゆる患者や患者家族は、自分の苦痛やトラウマ、自分の承認欲求を前面に出してくる。何が正しい、何が実はあった、何が本当の事実だった、何が裏事情だった、それをわかってほしいというクレクレ君状態を、延々と続けそれが当然で権利であるかのように思っている。

まあ、聞きたい人は延々と聞いてあげればいいだろうが、この世界ではそれを聞けば聞くだけ問題の解決は遠のいていく。ネット民や陰謀論者の行動原理もこの患者心理と同じであり、市民運動や社会運動をしている人の行動原理もまた同じである。その結果口ではきれいごとを言いながら、自分に都合のいい人だけを寄せ付けるようになる。

患者であれば、わかってくれてそうな言葉をかければイチコロなので、お優しいふりをする医者のカモになる。社会運動なども困難をはねのけて本質を追及するのではなく、自分たちのお仲間グループを結成していくだけになる。これではよくならない。その病気がよくなるためには、まず本質や原点がどこにあったのか思い出さねばならない。

そのうえで治療するには、感情やたまったものを延々と聞くのではなく、生き方や考え方やシステム上において、何が問題だったかを見つけ出し、そちらを破壊、補正、再生していく方針が必要である。治療でいうならその一部が食事療法であるにすぎず、食事療法ごときやったところで治りはしない。それはやって当たり前にすぎない。

物事を良くしていくのに信者的なものは最も不要である。それはすぐに心の反発を生み、被害者意識を生み、派閥化を生み、依存と共依存を生む。しかしこの歴史が示してきた摂理に関しても、人間はわかったふりをして実際には心に入らない、実践に移行しないので手に負えない。それを山のように経験すれば、最後に残るものは虚無しかない。

虚無の心はよく言えば空の心である。その世界に物事の善悪や二面性は存在しない。善悪や二面性が存在しない世界なら、承認欲求もトラウマも苦痛も傾聴願望も、むなしい初心者の発露にすぎぬ。このことを語り合える人は、私の中ではこの世界で皆無になってしまった。だから私は表面上のことしか語らなくなってしまったのかもしれない。
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No title

承認欲求をトラウマと並べて語るのはナンセンスですよ。

トラウマとは、病原化した外傷記憶であり、
「辛いことがあったの〜わかってぇ」
という甘えレベルの話ではなく、
例えば、つい先日もあったように、
アフガニスタンで軍務に就いていた人が帰国してから銃乱射をやらかしてしまうという…実に悲惨な話です。

どうも、お邪魔しました。
プロフィール

キチガイ医

Author:キチガイ医
平成25年4月よりTokyo DDCとNPO法人薬害研究センターを設立、平成28年1月からはうつ民のセレクトショップや無料メルマガもやってます(詳しくはリンクをご覧ください)。薬の減薬や断薬、支援施設運営や、執筆や啓蒙活動を通して、自分の素人的意見を発信していければと思います。当ブログはリンクフリーですが、リンクするときは一声おかけください。

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