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病気になるということ

神がいるなら会ってみたいものだ。

私のところには様々な病気の人が来て、治る人もいれば治らない人もいる。それは食事法や健康食品などという単純なレベルではなく、ほうぼうを巡ってからうちに来て良い結果が出る場合もあれば、やはり他と違う方法論をとってもダメで悪い結果になる場合もある。精神療法をやったから必ずよくなるわけでもないし、何もしなくても改善する人さえいる。

こういうことをずっとたくさんやっていると、宗教嫌いな私でも宗教的な感覚が浮かぶことがある。この病気には社会毒も放射能も精神性さえも飛び越えて、何かしら別の意味があるのではないかという考えである。もし神かなにかがいるのであれば、病気とは神が与えた課題であって、それは非常に複雑かつ深い意図をもって与えられているという感覚である。

私は宿命や運命や天命という言葉が嫌いである。大きな目的意識を持つことは重要だが、この言葉たちにしてしまうと自己決断ではなく、決められているという感覚が強くなるからだ。それは人生であっても治療であってもよくないことだと私は思う。しかし前述した立場にたてば、病気になることは一つの天命であって、病気による多大な負荷さえも必然的な課題と思えてくる。

臨死体験や生まれ変わりには法則があるということは、思い込みではなく科学的にも統計的にも証明された事実である。しかしその解釈は既存の宗教学や哲学では到底説明できないことを、私は「魂も死ぬ」の著作の中で示してきた。しかしこの法則性が神の摂理であるならば、病気というものもまた神の摂理の体現であり、それは外的要因でも自分が作り出したものでさえもない、という考え方は成立しうるだろう。

我々はあまりに無知であまりに幼く、スピやヒーラーや宗教者などが訴えることに真実などありようもない。ただ、現場を見ていて死や現実をつき続けられれば、そこにどんな意味がありどんな意図があるのか、を感じざるを得ない。私は神ではなく殉教者でもなく預言者でもない。しかし自己中心的にいうならば、患者という存在はその神とやらの意図を教えるために、私のところに出向いてくるのかもしれない。
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キチガイ医

Author:キチガイ医
平成25年4月よりTokyo DDCとNPO法人薬害研究センターを設立、平成28年1月からはうつ民のセレクトショップや無料メルマガもやってます(詳しくはリンクをご覧ください)。薬の減薬や断薬、支援施設運営や、執筆や啓蒙活動を通して、自分の素人的意見を発信していければと思います。当ブログはリンクフリーですが、リンクするときは一声おかけください。

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