到達してない人々の妄想w

下層民ほどこの妄想にハマりますw。

人間は上がりもしないのに上に上がりたいと願う生物ですが、この上がるにもいろんな意味がありますよね。たとえば知識だったり教養だったりが広い人も、上がっているとみなされる場合があります。もちろん名誉だったり地位だったりする場合もあり、それを否定する人もいます。年収だったり愛人の数だったり、様々なものを指標としようとするのが、雑魚いカスーミンたちの特徴ですw。

ところがカスーミンであればあるほど、ネットで情報を集めて引き寄せの法則にハマり、上の状態があーだとかこーだとか、いろいろ妄想をかき立てるものの、自分はその地位にいないという最大の問題を抱えていますw。そもそも論で言うならロックフェラーに会ったことのない人が、ロックフェラーを語ってもカス以下であって、われわれのカスっぷりを突きつけられているともいえるわけですw。

さらにいえば、そこまで行かなくても超富裕層にさえ会ったことのない人が、お金がどうとか儲けのテクニックがどうとか言っているのが、このカス世界の現状ですw。億単位のカネさえ動かしたことのない人が、超富裕層の頭の中を妄想してしまい、それを分かってるぜ的に言ってしまうときほどオモシロいものはありませんw。愛の伝道師もそれほどカネをもってはいませんが、それでもFBFやフォロワーの99.9%よりはカネ持ちなことでしょうw。

みなさんは100億や1000億といった人とどれくらい会ったことがあるでしょうかw。その人たちの特徴を知っていますか?見て語ってどれくらい交流したことがありますか?少なくとも私が見ている何人ものそういう人たちは、愛が好きで宗教的なもの(宗教ではなく)が好きで、哲学が好きでオカルトが好きであり、論理的なものや契約的なもの(契約はするが)や頭でっかちなものを好みませんw。

まあ、ここで何が言いたいかというと、自論というのは成功したから語れることであり、その段階に達したから語れるだけだということですw。それもあって愛の伝道師は、情報を優先して出すのです。情報は情報であって自論ではありません。これって違う言い方だと影の努力をした人だから、結果が出て説得力があるってことですw。稼げるセミナーやってる段階で、稼げてないのとおなじですよねw。
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太陰暦「仏教聖典」 ほとけ

第一章 史上の仏

 第一節 偉大な生涯

 一、ヒマラヤ山の南のふもとを流れるローヒニー河のほとりに、釈迦族の都カピラヴァスツがあった。

その王シュッドーダナ(浄飯じょうぽん)は、世々純正な血統を伝え、城を築き、善政をしき、民衆は喜び従っていた。

王の姓はゴータマであった。

 妃、マーヤ-(摩耶)夫人ぷにんは同じ釈迦族の一族でコーリヤ族とよばれるデーヴァダハ城の姫で、王の従妹にあたっていた。

 結婚の後、ながく子に恵まれず、二十幾年の歳月の後、ある夜、白象が右わきから胎内に入る夢を見て懐妊した。

王の一族をはじめ国民ひとしく指折り数えて王子の出生を待ちわびたが、臨月近く、妃は国の習慣に従って生家に帰ろうとし、その途中ルンビニー園に休息した。

 折から春の陽はうららかに、アショーカの花はうるわしく咲きにおっていた。

妃は右手をあげてその枝を手折ろうとし、そのせつなに王子を生んだ。

天地は喜びの声をあげて母と子を祝福した。

ときに四月八日であった。

 シュッドーダナ王の喜びはたとえようがなく、一切の願いが成就したという意味のシッダールタ(悉達多しっだった)という名を王子に与えた。


 二、しかし、喜びの裏には悲しみもあった。

マーヤ-夫人は間もなくこの世を去り、太子は以後、夫人の妹マハープラジャーパティーによって養育された。

 そのころ、アシタという仙人が山で修行していたが、城のあたりに漂う吉相を見て、城に来たり、太子を見て

「このお子が長じて家にいられたら世界を統一する偉大な王(転輪王)となり、もしまた、出家して道を修めれば世を救う仏(仏陀)になられるであろう。」

と予言した。

 はじめ王はこの予言を聞いて喜んだが、次第に、もしや出家されてはという憂いを持つようになった。

 太子は七歳の時から文武の道を学んだ。

春祭に、父王に従って田園に出、農夫の耕すさまを見ているうち、すきの先に掘り出された小虫を小鳥がついばみ去るのを見て、

「あわれ、生きものは互いに殺し合う。」

とつぶやき、ひとり木陰に坐って静思した。

 生まれて間もなく母に別れ、今また生きもののかみ合う有様を見て、太子の心には早くも人生の苦悩が刻まれた。

それはちょうど、若木につけられた傷のように、日とともに成長し、太子をますます暗い思いに沈ませた。

 父王はこの有様を見て大いに憂い、かねての仙人の予言を思いあわせ、太子の心を引き立てようといろいろ企てた。

ついに太子十九歳のとき、太子の母の兄デーヴァダハ城王スプラブッダの娘ヤショーダラーを迎えて妃と定めた。


 三、この後十年の間、太子は、春季はる・秋季あき・雨季うきそれぞれの宮殿にあって歌舞管弦の生活を楽しんだが、その間もしきりに沈思瞑想して人生を見きわめようと苦心した。

「宮廷の栄華も、すこやかなこの肉体も、人から喜ばれるこの若さも、結局このわたしにとって何であるのか。

人は病む。

いつかは老いる。

死を免れることはできない。

若さも、健康も、生きていることも、どんな意味があるというのか。


 人間が生きていることは、結局何かを求めていることにほかならない。

しかし、この求めることについては、誤ったものを求めることと、正しいものを求めることの二つがある。

誤ったものを求めることというのは、自分が老いと病と死とを免れることを得ない者でありながら、老いず病まず死なないことを求めていることである。

 正しいものを求めることというのは、この誤りをさとって、老いと病と死とを超えた、人間の苦悩のすべてを離れた境地を求めることである。

今のわたしは、この誤ったものを求めている者にすぎない。」


 四、このように心を悩ます日々が続いて、月日は流れ、太子二十九歳の年、一子ラーフラ(羅「目+侯」羅らごら)が生まれたときに、太子はついに出家の決心をした。

太子は御者のチャンダカを伴い、白馬カンダカにまたがって、住みなれた宮殿を出て行った。

そして、この俗世界とのつながりを断ちきって出家の身となった。

・・・・・

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から、掲載部分だけをテキストにして転載。

經典の出典は

一、仏伝

三、パーリ、増支部三-三八・パーリ、中部三-二六、聖求経

四、仏伝

これは途中までなので、つづきは次稿で転載予定。


仏教聖典の本文ではすべて太陰暦が用いられていることに留意して下さい。

理解できない事象です。

下層民より底辺ですが、到達した方々と会ったことはないです。
底辺にも到達した方々と同じ人達がいて、両極端なのに不思議です。

僅か数十年の生に拘り過ぎたのか、丁度よい良い範囲でもあるのかと阿呆らしく考えています。

仏教聖典ほとけ第一章史上の仏第一節偉大な生涯四項つづき

> 四、このように心を悩ます日々が続いて、月日は流れ、太子二十九歳の年、一子ラーフラ(羅「目+侯」羅らごら)が生まれたときに、太子はついに出家の決心をした。

>太子は御者のチャンダカを伴い、白馬カンダカにまたがって、住みなれた宮殿を出て行った。

>そして、この俗世界とのつながりを断ちきって出家の身となった。


 このとき、悪魔は早くも太子につきまとった。

「宮殿に帰るがいい。

時を待つがいい。

この世界はすべておまえのものになるのだ。」

太子は叱咤した。

「悪魔よ、去れ。

すべて地上のものは、わたしの求めるところではないのだ。」

太子は悪魔を追い払い、髪をそり、食を乞いつつ南方(みなみ)に下った。


 太子ははじめバガバ仙人を訪れてその苦行の実際を見、次にアーラーダ・カーラーマと、ウドラカ・ラーマプトラを訪ねてその修行を見、また自らそれを実行した。

しかし、それらは結局さとりの道でないと知った太子は、マガダ国に行き、ガヤ-の町のかたわらを流れるナイランジャナー河(尼連禅河にれんぜんが)のほとり、ウルビルバーの林の中において、激しい苦行をしたのである。


 五、それはまことに激しい苦行であった。

釈尊自ら

「過去のどのような修行者も、現在のどのような苦行者も、また未来のどのような出家者も、これ以上の苦行をした者はなく、また、これからもないであろう。」

と後に言われたほど、世にもまれな苦行であった。

 しかし、この苦行も太子の求めるものを与えなかった。

そこで太子は、六年の長きにわたったこの苦行を未練なく投げ捨てた。

ナイランジャナー河に沐浴して身の汚れを洗い流し、スジャータ-という娘の手から乳糜(ちちがゆ)を受けて健康を回復した。


 このとき、それまで太子といっしょに同じ林の中で苦行していた五人の出家者たちは、太子が堕落したと考え、太子を見捨てて他の地へ去って行った。


 いまや天地の間に太子はただひとりとなった。

太子は静かに木の下に坐って、命をかけて最後の瞑想に入った。

「血も涸れよ、肉も爛れよ、骨も腐れよ。

さとりを得るまでは、わたしはこの座を立たないであろう。」

これがそのときの太子の決心であった。


 その日の太子の心はまことにたとえるものがないほどの悪戦苦闘であった。

乱れ散る心、騒ぎ立つ思い、黒い心の影、醜い想いの姿、すべてそれは悪魔の襲来というべきものであった。

太子は心のすみずみまでそれらを追求して散々に裂き破った。

まことに、血は流れ、肉は飛び、骨は砕けるほどの苦闘であった。


 しかし、その戦いも終わり、夜明けを迎えて明けの明星を仰いだとき、太子の心は光り輝き、さとりは開け、仏と成った。

それは太子三十五歳の年の十二月八日の朝のことであった。


 六、これより太子は仏陀、無上覚者、如来、釈迦牟尼、釈尊、世尊などの種々の名で知られるようになった。

  釈尊はまず、六年にわたる苦行の間ともに修行してくれた恩義ある五人の出家者に道を説こうとして、彼らの住むバーラーナシーのムリガダーバ(鹿野苑ろくやおん)に赴き、彼らを教化した。

彼らは最初釈尊を避けようとしたが、教えを聞いてから釈尊を信じ最初の弟子となった。

また、ラージャグリハ(王舎城)に入ってビンビサーラ王を教化し、ここを教えを説く根拠地として、さかんに教えを広めた。

 人びとは、ちょうど渇いた者が水を求めるように、飢えた者が食を求めるように、釈尊のもとに寄り集まった。

シャーリプトラ(舎利弗しゃりほつ)、マウドガルヤーヤナ(目連)の二大弟子をはじめとする、二千余人の弟子たちは、釈尊を仰ぎ、その弟子となった。

 釈尊の出家を憂えてこれを止めようとし、また釈尊の出家によって深い苦しみを味わった父のシュッドーダナ王、養母のマハープラジャーパティ、妃のヤショーダラーをはじめとする釈迦族の人たちも、みな釈尊に帰依して弟子となった。

その他非常に多くの人びとが彼の信奉者になった。


 七、このようにして伝道の旅を続けること四十五年、釈尊は八十歳を迎えた。

ラージャグリハ(王舎城)からシュラーヴァスティー(舎衛城)に赴く途中、ヴァイシャリーにおいて病を得、

「三月の後に涅槃に入るであろう。」

と予言された。

さらに進んでパーバーに至り、鍛冶屋のチュンダの供養した食物にあたって病が悪化し、痛みを押してクシナガラに入った。


 釈尊は城外のシャーラ(沙羅)樹の林に行き、シャーラの大木が二本並び立っている間に横たわった。

釈尊は懇(ねんご)ろに弟子たちを教え、最期のせつなまで教えを説いて世間の大導師たる仏としての仕事をなし終わり、静かに涅槃に入った。



 八、クシナガラの人びとは、釈尊が涅槃に入られたのを悲しみ嘆き、アーナンダ(阿難)の指示に従って、定められたとおりに釈尊の遺骸を火葬した。

 このとき、マガダ国の王アジャータシャトルをはじめとするインドの八つの国々の王は、みな釈尊の遺骨の分配を乞うたが、クシナガラの人びとはこれを拒否し、争いが起こった。

しかし、賢者ドローナの計らいにより、遺骨は八大国に分配された。

その他、遺骸の瓶(かめ)と火葬の灰を受けた者があり、それぞれの国に奉安されて、この世に仏の十の大塔が建立されるに至った。


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無門関鬼手仏心

「拈華微笑と合掌」

ほとけの心は親ごころ

こども叱るな来た道じゃ
年寄り笑うな行く道じゃ

東に病気の子どもあれば行って看病してやり
西に疲れた母あれば行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あればこわがらなくてもいいと言い
北に喧嘩や訴訟があればつまらないからやめろと言い

銀も黄金も玉も何せむにまされるたから子にしかめやも

善人なおもて往生を遂ぐ況んや悪人をや

南無父母無二仏 合掌

確かにその通り

頭でっかちはダメですね
ネットとかしてると理屈っぽくなるんで気をつけないといけない
参考になります

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No title

彼女は、ゲイ?

走馬灯になって、学生時代の痴漢と変質者にスポットがあたった。埼玉には女性警官の見守りがあったけど、北海道にはないのでしょうか?警察相談が無効なら、スタンガンとか、せめて蛍光ボールがほしくなった。問題発言抽出されそうだけど、この辺で、売ってるところが見つからない。電車痴漢には爪を伸ばして自衛。女性蔑視、ホルモン作用、生理的問題、記憶。ここまできてしまうと、すみわけはやっぱり大切だと思う。

仕事って何なのだろう?

彼女がすきなのはたぶんひとじゃない。昔から。

忘れないうちに、サンタさんと、天使ちゃんたちはありがとう。ただもうよくわからない。

たるまぬ努力はじめてみました。

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契約者住所、氏名適正でしょうか。支払い義務あるのでしょうか?
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キチガイ医

Author:キチガイ医
平成25年4月よりTokyo DDCとNPO法人薬害研究センターを設立、平成28年1月からはうつ民のセレクトショップや無料メルマガもやってます(詳しくはリンクをご覧ください)。薬の減薬や断薬、支援施設運営や、執筆や啓蒙活動を通して、自分の素人的意見を発信していければと思います。当ブログはリンクフリーですが、リンクするときは一声おかけください。

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