地球は霊魂の牢獄w

実は著書用の文面w

私は霊魂なんて信じてない部類なのだが、例えるときにこの言葉がしっくりくるのは事実である。この世界では常にニンゲンたちは争いをし、己の正当性を訴え偽善を働き自己満足し、それが嘘にもかかわらず科学的根拠を持ち出し、なぜその科学的根拠が嘘であるかも理解できず、あれがいいこれがいいとかあれがよくないこれがよくないとか、どれを食べるべきだこれを食べないほうがいいだを繰り返している。

たとえば食べ物で言えば、肉がいいだ野菜がいいだ、玄米がいいだ小麦が悪いだ、卵がいいだ魚がいいだきのこがいいだ海藻がいいだ、牛乳がいいだ悪いだ、どの健康食品がいいだ悪いだ、そんな話くらいしかしてない。たとえば牛乳であっても地理的関係、遺伝子やミトコンドリアや腸内細菌、文化や社会的背景や思惑、それらを混合して考えるということをニンゲンは決してしない。省庁と乳業会社と保健所から始まった牛乳推奨からもそう、牛乳有害論が出回るようになると、それを自分の立場のためにまた否定するようになる。なぜならそれがニンゲンの本質だからである。

食べものの問題は、糖質脂質タンパク質やビタミンミネラルの問題では決まらない。もちろんそれらは重要で私も治療には応用しているが、そんなところに生物界の本質は無いだろうと思う。だから私は社会毒という考えを提唱したが、べつにこれはネーミングの祖が私なだけであって、概念は古くからあったものに過ぎず、これも本質とは呼べぬ。ただ社会毒でさえ私は完全には否定していないので、添加物や農薬やMSGが入ったものも食べている。もちろん食べざるを得ないので7~8割を目指しているだけなのだが。

よーするに食べ方ひとつであっても、菜食主義者だろうが肉食主義者だろうが同じ穴の貉の過ぎない。それぞれが自説を展開して自己正当性を主張しているだけの、スピ系顔負けの醜く魂レベルが低い存在に過ぎぬ。往々にして菜食系にはスピ系が多く肉食系には科学系が多いが、それも全体で見れば同じ穴の貉に過ぎぬ。まあここではあえて魂レベルが低いという言葉を使っているが、そもそも魂レベルを規定している段階で、そのスピ系論者の魂はたぶん最下位間違いないだろう。

いつもと違い菜食主義者の養護をするなら、彼らがそれを選択するならやればよいと思うだけだ。それで病気になった時に病院に行くなと言うだけで、他人に菜食主義で健康になれるという、大多数には適応できてない嘘を広めるなと思うだけだ。ただ、菜食主義でも筋肉ムキムキの人はたくさんいるし、こんなものに下手な科学より面白い結果はごまんとある。そして仮にこの世界に霊魂とやらがあるのであれば、あなたの霊魂は他人とは全く違うし、あなたの霊魂には動物と同じような特性があると思わないだろうか。

牢獄を超えようとするなら自分を一度捨て去るしかない。食事法なら肉食だ菜食だ断食だと言いあっているが、子どもなら「じゃあ糖質制限と断食は組み合わせればどうなる」と考えるかもしれない。あなた方にはそれはもうできないのである。これはほんの一例だが、それくらいニンゲンの頭は硬直してしまっていて、どんなに勉強しようが知識を広げようがネットサーフィンしようが、あなた方がそれ以上先に進むことはない。それがあなた方が霊魂の牢獄に入っているという証拠である。

私は自分自身がそこをこそ抜け出したいと強く思う。
それもまた所詮牢獄の一員なのかもしれない。
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No title

肉は、食べ過ぎはよくありませんが、
そんなに肉食とか菜食とかこだわる必要ないみたいですよ。

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確かに

自分を、捨てないと何も進みません。こう言ったら、相手が傷つき、自分は人を傷をつけるような人間だと思われるのが怖い自分を大事にしている、お利口な人は、奴隷としてもその牢獄で活躍すると思います。私も、他の生物の犠牲の上に生きる住人で言える程良い人間では、ありませんが。

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ご当地アイドルのボイストレーナーをしている友人から聞いたのですが、子供たちは「毎日カップラーメン」とか「朝はパン1枚」とか言うそうです。
それならおにぎりひとつ握ってあげるだけでもいいのに。。。
今の子供たちは家庭が牢獄のようです。

No title

『霊魂』すなわち『魂』または『意識』の話というよりも、人々の信念体系や思考形態の領域での話のように感じるなぁ。もちろん、それが悪いとか価値が無いという意味ではない。

人間を拘束する最も強力な檻が自らの思考である。思考は自らを解放へと導くものであると同時に、使い方によっては自らを強力に拘束する。

政治家や公務員は社会システムという極限られた領域で人々を管理しようとしているに過ぎないし、また、その領域までしか踏み込めない。場合によっては、心理作戦的に人々をコントロールすることを意図した言動も多々見受けられるが、仮にその企みが上手くいったとしても、結局、人々の信念や思考の領域までしか影響を及ぼせない。

すべての人間には、家族であれ恋人であれ、いかなる者も立ち入ることができない完全に隔離された領域がある。それが『霊魂』であり『魂』であり『意識』の領域だ。そしてこの領域に唯一影響を及ぼせるものが、他ならぬ自らの思考なのである。であるがゆえに、人々をコントロールすることを企む者たちは、人々の思考を操作することにより人間の本質である魂の領域に影響を及ぼそうとする。人々が魂の領域と思考の領域の双方を実感として認識することができれば、支配者層がどんな企みを行ったところで実際には彼らは無力なのである。

『霊魂』『魂』『意識』というものはただそこに存在しているだけである。それをどうにか理解しようと"だだをこねる"のが思考の領域である。宇宙や素粒子が、肝心なところでは決して人間の思考に本質を現さないように、魂の領域もまた人間の思考に対しては本質を現さないのだろう。現代人は『感じる』という極めて高度な能力を蔑ろにしてしまった。感じることは思考が行うのではなく魂が行う。人間の本質からほとばしるその感覚を、なぜ人々は軽視するのか…。

ネイティブアメリカンは、『魂』や『宇宙』領域の理解を知識の伝承ではなく経験を通じて伝承する道を選んだ。彼らは『魂』そして『宇宙』をより深く知るために、なぜペヨーテを用いたのだろうか。彼らは経験を通じて会得したことのみが、真の意味を持つことであると習得していたからこそ、人間の本質である『魂』の領域の探求には一切の妥協を許さなかったのではないだろうか。彼らのペヨーテの儀式は、自らが抱える思考形態をより鮮明に『魂』に見せ付けることで、自らの至らなさをいやが応でも『魂』に認識させる意図もあったのではないだろうか。そうして自らを省みる儀式を繰り返すことにより、彼らの崇高な精神性は守られてきたのではないだろうか。

人々は宇宙そして地球というただ一つの現実を共有して生きているのではなく、自らの思考が築き上げた幻想とも言える無数の現実の中でひしめき合いながら生きているとも言える。事象の解釈がその個人の現実を構築する。人間の『魂』がただそこに在るように、宇宙もただそこに在るだけである。そしてこの地球も宇宙であり、宇宙と地球には何の隔たりも無い。それはすなわち、宇宙と人間にも何の隔たりが存在しないことを意味する。

そうした意味から著書用の文面を捉えると、著書の内容うんぬんではなく、著書のタイトルを『地球人の霊魂は自ら思考に囚われた囚人』といった類のものにした方が個人的にはしっくりくるかなぁ…。

ちなみにこの自分も『魂』の進化の過程にあることは言うまでもない…

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No title

フッフフ

「戦争(原爆)と原発事故は人災(悪魔の戦争犯罪)の極致である」

本日8.6はヒロシマ原爆の日である。

2012年1月の長周新聞に中部大学教授武田邦彦氏が寄稿している。以下転載する。

「善良」ではなかった日本の「指導者」  ~中部大 武田邦彦教授
http://fujifujinovember.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-2281.html

 2011年3月に起きた福島原発事故ほど「日本の指導者は善良でない」ということを白日のもとに晒したことは無かったかも知れない。これまでも第 二次世界大戦などで醜悪な指導者像が描かれてきたが、戦争はあまりにも要因が多いので、その評価は紛れが生じる。その点、福島原発事故は起こったことが単純で、その被害が甚大であるという点で、指導者の姿をハッキリと映し出した。


 ▼福島第一原発が爆発する可能性が高いことが判ったのは、現実に爆発した前日の夜だった。原子炉内の冷却が不能になり、温度が上がってきた時点で発電所 は「爆発の可能性が高い」と判断できる。その時点で発電所長は福島の119番(消防)に緊急の退避を要請する必要があった。

 原発を運転させてもらっているのは地元が了解しているからで、真っ先に運転を認めてくれた地元住民を避難させる必要があった。すでに石油コンビナートで は40年前から「火災の場合、上司に連絡せずに、現場が直接119番しろ」と指導しているし、法律でも「火事を見て119番に連絡しなければ放火同然」と されている。

 今回の事故で現場の活動が賛美されているが、事故を起こして通報もしなかった現場をほめることは誠意ある社会ではない。むしろ119番せずに東電本社に連絡した行為は実質的に「傷害罪」である。


 ▼福島第一原発から大量の放射線が漏れ出した3月12日夕刻、政府やNHKに出ていた東大教授は「遠くに逃げろ」と言った。原発事故では原発から放射線 が襲ってくるわけではなく、放射性物質が風で流れてくるのだから風下にと逃げることがもっとも被曝総線量を高める。事実、飯館村の人々は風下に逃げて一日以上、被曝した。

 さらに東大教授は「被曝は距離の二乗に反比例して弱くなる」と繰り返したが、それは原発から放射線が直接来る場合であって、そんな場合は起こりえない。 仮に強い放射線が原発から直接、発せられているとすると福島第一原発構内にいた東電関係者は強いダメージを受けるはずである。これほど簡単なつじつますら とらず、いたずらに住民を被曝させた。


 ▼伝え聞くところによると、NHKをはじめとした主要なマスコミの記者は数日内に無人の固定カメラなどを設置して福島から退避したという。そして地元には「直ちに健康に影響はない」と繰り返し、それを信じた住民は普通の生活をしていた。

 約一ヶ月後、退避した記者が防護服を着て線量計を携帯し、おそるおそる福島に入ってみると、住民は普通の格好をして生活をしている。聞いてみると「健康に影響はない」と言うからそのまま生活をしていると答える。線量計を持ちながら被曝を減らそうとしている記者は自分たちが何をしたのか理解していなかっ た。

 事故直後に起こったことをマスコミは正直に伝えたほうが良い。そのほうが今後のマスコミに対する信頼性が上がるだろう。マスコミだけが糾弾されないという状態は長期的にはマスコミを腐敗させるだろう。


 ▼原発事故では流れてくる放射性物質を避けるのがもっとも大切であり、そのためには風の向きが大切である。気象庁はIAEAに直ちに風の状態を報告した が、国民には「担当が違う」という理由で公表しなかった。一週間後に批判を受けて公表したが、「これは国民に知らせるものではない」という注釈をつけて英語で公表した。

 気象庁が風向きを事故後すぐにIAEAに報告していたのに、NHKは二週間経った後、「震災で壊れていた風向計が復旧した」という理由で福島の風向きを報道し始めた。初期被曝が終わってからだった。

 さらに重要なのは気象学会が「国民が混乱するから研究者は福島の風向きの情報を出さないこと」と驚くべきアナウンスをした。これに対して学問を守る立場の学術会議は何も言わなかった。もともと原子力基本法で「公開の原則」が決められたとき、学術会議は「すべての情報の公開を意味する」というステートメン トを出している。学術会議は学問から離れて権力と利権の場になった。


 ▼事故から数日経つと、東大教授は「胃のレントゲンが一回600マイクロシーベルトであるのに対して,線量は20マイクロに過ぎない。たった30分の1である」と繰り返して発言し、それをNHKが放送した。20マイクロというのは一時間で被曝する量であり、一日は24時間だから480マイクロになり、 10日間で8回のレントゲンを撮るのと同じになる。

 「かけ算のできない東大教授」ということだが、もちろん知っていてウソをついたのだから、実質的に傷害罪である。

・・・・・このような悪意のコメントと誤報が延々とつづき、多くの人が被曝した。政府は住民が退避するためのバスを一台も出さず、寒風吹く福島に置き去りにした。

・・・・・そして九ヶ月。政府は相変わらず国民を被曝させるのに懸命である。特に政府ばかりでなく、自治体、教育委員会、研究している医師などが国民を被曝させるのに懸命になっている。既に半減期が八日のヨウ素は無くなり、放射性ヨウ素で大量に被曝した子供たちの被曝履歴を調べることもできない。


 ▼セシウムだけで一年5ミリシーベルト(全核種で17ミリと推定、1キロ500ベクレル)と決められていた給食の基準を、政府はあまりにもひどいという ことで40ベクレルに下げる決定をしたところ、17都道府県の教育委員会が「測定する機械がない」という理由で500ベクレルを維持するように要請した。

 子供たちの被曝をどうするかの議論をせずに、「お金」だけを理由にしている。測定器は最高級(自然放射線を除けるもの)で300万円である。


 ▼日光は不幸なことに第一波の放射性物質が降下し、ホットスポットになった。観光客は外人が中心だが、事故前は一日三千人だったのに、二十人に減少し た。つまり、自由意思なら日光に行かないという状態なのに、東京を中心とした小学校、地方の中学校が日光に修学旅行などに行っている。私が「行かないで欲 しい」と校長先生に呼びかけると「昨年も行っているから」という返事があった。

 爆弾が落ちても新型インフルエンザが流行しても、昨年行ったので今年も行くという理由を言うのだろうか?


 ▼講演会でしっかりした栄養士のかたが「保護者が給食の不安を言って困る。ベクレルは測定していないし、どう答えてよいか判らない」と質問をされた。私が「腐っているかどうかわからないものや、毒物が入っているかどうか不明なものを給食に出すのですか?ベクレルが判らなければ捨ててください」と言ったら 会場は大爆笑になった。言われてみれば保護者の心配はまともなことが判ったようだった。

 横浜市は市長が先頭にたって「被曝など何でもない」というパンフレットを作り、ずさんな給食管理をやっていたら、国の暫定基準値(実質年間17ミリ)も 超える異常な牛肉や椎茸を給食に出していた。それが発覚すると横浜市の職員が「すみません」と謝った。謝って済む問題とすまないものがある。子供は食べた ものをはき出せないのだから、市長は辞職しなければならない。


 ▼チェルノブイリでは牛乳が原因した小児の甲状腺ガンが六千人にのぼった。さらに福島原発では牛肉が汚染された。このような事実から子供を持つ親が心配するのは当然だが、牛乳メーカーは断固としてベクレル表示をしなかった。

 すでに甲状腺ガンの原因となるヨウ素は無くなった。それでも雪印の(ママ。明治の間違いと思われる:筆写者註)粉ミルクの汚染が報じられた。子供に牛乳や粉ミルクを買って貰っていた乳業メーカーはまったく食材を扱う資格がないことが明らかになった。


 ▼群馬大学の早川先生(火山学)は早い時期から各地の放射線測定データをわかりやすい地図にして公表していた。その地図を頼りに移動したり、被曝を防い だりした人は多く、その功績は大きい。学問は国民が危機に陥ったときに、専門的な知識を活用して救うことが第一義である。ところが、群馬大学は原子力機関 と提携していることもあり、学長が早川先生を処分した。理由は「事実を言って福島の人に不安を与えた」ということだった。

 あるテレビ番組で私はセシウム137が青酸カリより毒性が強い(ほぼ二千倍)を知らせるために、セシウムで汚染されている田んぼに稲を植えるのは青酸カ リがまかれている田んぼに稲を植えるのと同じ」という趣旨の発言をしたところ、「学者が事実を言うのは不適切だ」というバッシングを受けた。学者が事実を 言うとバッシングする時代である。

 事故から九ヶ月を経過した現在、お母さんは日本政府に絶望して、「我が子を守るのに私は何ができるの?」という行動に走っている。お母さんとしては万策尽きたのでやむを得ないが、民主主義においては「何ができる」というのは「政治を変える」ということである。

 日本は民主主義だから、お母さんが決めたことが政府の決定でなければならない。でも、たっぷりとお金(電気代)は政治家、官僚、学者、マスコミに流れていて、その力は強力である。

 しかも、日本の指導者層、とりわけ東大を出た人は「その時、その時で上手い言い訳をできる人」であり、「人格軽薄、口先だけ」である。それは教育の責任であり、大学受験などを容認してきた日本社会にある。

 教育は本来、本人の希望にそってその人が人生において必要なことを身につけるためのものである。最低限の知識として「読み書きそろばん」は必要であるが、それ以上は本人と保護者の希望にそって行うものであり、決して「他人より優れているか」が問題になるものではない。

 サッカーが好きな子がサッカーをやり、もし世界レベルに達すれば日本の力を世界に示すことになるが、それは最初から「日本のため」にサッカーをするので はない。それと同じように学業も「日本のために」という奉仕型ではなく、個人の幸福のために学び、その結果、世界的な学者も誕生するのが教育本来の目的で ある。

 ところが、現在の教育、特に国立大学の教育は「いかにして他人を蹴落すか」に主眼が置かれており、著者の経験では国立大学の大学院ですら、教授の講義に 際して一番前の席に座り、講義中、ずっとグーグーと寝ていて恥じない学生は多い。「私は君たちを人間として見ているが、君たちは目の前の相手が寝ていても 90分、話し続けることができるのか?」と諭さなければならないのが現状である。

 今、日本を指導している多くの人は、ゆがんだ教育と評価方法の中で、言い訳、裏切り、利己性などが巧みであることによって栄達している。このような社会体制こそが今回の事故とその後の政府、自治体、専門家、マスコミの言動となったと考えられる。
 善良な国民と誠実な国家・・・・・それこそが日本の基礎になるべきであり、東京で消費される電気を製造する原発は東京から50キロ圏内と決めることが求められる。

 (中部大学総合工学研究所教授)

西洋科学の嘘

一神教悪魔カルト西洋科学はすべて邪心詐欺捏造である。

「8月10日第2期第2回反戦反原発”健康講座”!!!日本がん難病サポート協会名誉会長:佐野千遥」記事
(ブログ:フリーエージェント世界革命を提唱するフリーエージェント大学ロシアの有名人・ドクター佐野千遥教授http://ameblo.jp/allahakbar231/entry-12058273686.html


>通常の物理世界が・・・単極磁石が存在し得たのは宇宙の始原のほんの瞬間だけだった、なる全くの事実無根の主張を完全誤謬の“ビッグ・バング理論”なるものが宣伝しており、その宇宙の始原に瞬間だけ存在したかもしれない単極磁石を捉える為に小柴昌俊のカミオカンデが宇宙に向けられていた、というのだから「正統派」現代物理学は“病咬耗”(病膏肓の誤記)と言うべきである。

万物の造物主がすべてを作ったという狂信が根底にある以上、宇宙ビッグバン始原をすべての根底に置く西洋科学がマッドサイエンスそのもの、人を騙す錬金術・種のあるマジックに過ぎないことは明白である。
宇宙は釈尊が教え給うたとおり、科学などの人間の煩悩活動によって覚知できるものではない。科学で覚知できたと思ったときがすでに妄想の無知の暗闇(ニーチェの云う深淵)に取り込まれ,釈尊のいう無明に彷徨って迷妄混迷の無間地獄に転落しているのだ。
則ちこの現世のすべては「人間の心」が作り出している色即是空空即是色の世界なのである。宇宙の真理を覚知するには釈尊の教えのとおりに生きて成仏して宇宙の真理そのものになる以外に道は無い。
明治文明開化以前の日本には仏教徒大和魂がそのことをはっきりと知って限りある宿命の人生を生きていたのである。
ゆえにすべて明治廃仏毀釈以前江戸時代の学問に戻らなければこの宇宙を知る真の学問を学び正しい心を身につけることは不可能である。

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内海先生の信者ではないつもりなのですけど(笑)

こんにちは。大変お忙しい毎日を送っていらっしゃるかと思います。お元気でいらっしゃいますでしょうか。
先生のFB、ならびに講演等を通じて、学びたいなら謙虚に進みたいと思えるようになりました。いろんな情報を吸収し、取捨選択も慎重に行い、刻一刻と変わる現実を固定しようとしない、むずかしいですがまずは自身を律していきたいです。

最新作『魂も死ぬ』は自身の霊魂への先入観があまりに強すぎて戸惑っているのですが、スピリチュアルと科学の混交を感じれたらそれもまた弱まるような気もします。
バイオフォトンについて、とても興味を持てました。野菜を冷蔵庫に入れることで「種」化してしまうのかなって。そうでしょうね。語り口はあっさりしていても、新鮮な秘密を教えてもらえたとなんでも謎だらけだった子ども時代にかえったような気分になりました。こういう類いの面白い視点が先生のFBで無料公開されており、日常生活でも誰でも入れる世界に思えていいなと思いました。

応用に至るまでたいそう時間がかかりそうな世界みたいですし、証明もする必要があるのかな、みたいにかってにど素人はおもってしまいますが、やっぱり希望を持てる科学だから、じわじわでも進んでほしいと思いました。

落ち着いてまとめられるようになったら、アマゾンなどにレビューを書きこみたいです。

失礼しました。

ファンドって何ですか?

ホットメール、ファイル交換ソフト、各種ウイルス感染症対策はできていますか?電子電波制御は?

年金診断の部屋が汚いって、ネタ元どこ?

クレジット認証は、2000年前からおかしくなっていた、額は大きくなかったが、現在も続いている。認証は、ブランドではなく協会で管理していると認識している。

家庭仲がよければ、療養の段階で、落ち着きを取り戻せていたかもしれないし、時間の問題とも思うけど。あのときの親の対応に問題はなかったか?実家帰省当初メディアは制限されていたので今でも状況がよく把握できていない。

2001年彼女は確かにおかしかった。ストレス状態にもあった。インターネットでの問題発言奇行は、反省お詫びしなければいけないかもしれない。

実家の危険物の看板はおかしいと思う。親には嘘が多い。わかっていてそういう家に積極的に帰りたいとはやっぱり思えない。

実家に帰省して、幼少を過ごした家には、知らない人が住んでいた。思い出の写真や、私物も親が事実上明け渡していた様だった。経緯を聞いても教えてもらえなかった。現在は取り壊されマンションが立っている。売買が成立し新しい所有者登記はされているので、固定資産税?はその業者が支払うべきだ。相続人ではない彼女が口出しできる問題ではないし、郵便住所の登録が二重にされているのであれば、それは局の過失だ。郵便口座もクレジット請求もおかしくなっていたし、消費者センターにも相談した。返金はされていない。彼女は散々申し出ているし、今でも障碍者だから意味不明のことをいっていると親と一丸となって郵便物を悪意のある輩に渡し、彼女になりすまして覗き取られているのであれば問題じゃないかと思う。泥棒?親ってなんだろう?生んでほしいと頼んでもいないのに。

謄本と簡保支払い調書は返してほしい。

プロフィール

キチガイ医

Author:キチガイ医
平成25年4月よりTokyo DDCとNPO法人薬害研究センターを設立、平成28年1月からはうつ民のセレクトショップや無料メルマガもやってます(詳しくはリンクをご覧ください)。薬の減薬や断薬、支援施設運営や、執筆や啓蒙活動を通して、自分の素人的意見を発信していければと思います。当ブログはリンクフリーですが、リンクするときは一声おかけください。

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