ベンジャミン・フルフォード氏と会ってみて

10月27日にトークイベントがあり、策謀や「彼ら」の話で有名なベンジャミン・フルフォード氏に会ってきました。会って話したことや直接だからわかること、他にもいろいろ感じたことなどを率直に書いてみたいと思います。ただしオフレコ的な話が多かったのでその辺はぼやかして書きますし、私の主観メインで書いていますのでそのあたりはご了承いただきたいと思います。

まず、彼はジャーナリストでありいろんな人との人脈があり取材しているようですが、これはまぎれもなく広いし本当のものがあると思います。彼自身も著書に書いていますが、イルミナティの幹部からアメリカ政治の重要ポストから、日本の政治家とも会っているしやくざ(稲川会系)などとの交流もあるようで、そのような人々からもたらされる複数の情報が彼の基盤となっていることは間違いありません。

よくネットでいわれていますが、彼が韓国系のスパイである、中国系のスパイである、ユダ金に寝返ったスパイである、などという話があるようですが、直接会って直観的にも総合的にも思うのはそれ自体の話はウソっぽいということですね。もちろん彼にはバック(援助者)がいるということは間違いないですが、私はそれを華僑だとほかの知人に聞いてきました。これ自体もおおよそは間違っていないようですが、どちらかというとそのエージェントとして動いているというより、そのような多くの裏の人々と情報交換することによって人脈を確保し、その情報交換による利害関係によって身を守っていると考えたほうがよさそうです。

これもよく言われることとして朝堂院大覚氏がバックにいるとささやかれていますが、これもどうやらガセネタのようです。もちろん大覚とは知人であり友人ではあるようですが、それほど深い交友関係ではなく手下でもないしベンジャミン自体は呼ばれたほうの立場みたいですね。結局ネット情報に頼るとすぐこういうことに引っかかってしまうのかもしれません。それよりも交友関係上でいえば別の人々のほうがよりバックに近いようで、出版社もそれに関連しているし知っているといえばそう言えますし、策謀的な話をする上ではよく出てくるような人々であるといえばその通りだと思います(わざとオブラートに書いてます)。

彼がこのような人々のスパイであったり寝返りしているなどと評される理由の一つは、彼の経過もありますがそれより彼の思想にありそうです。詳しくは書けませんが簡単に言えば彼は「ユダ金(彼の表現でいうとサバタイ派マフィア)」だけをターゲットにしており、やくざも華僑も統一教会も創価学会もその他多くも、しかもそれはアジア系の集団でないものであっても、極悪の産物だとはみなしていないようです。支配構造を為しろくでもないことを考えている奴らこそが元凶でありすべてである、という考え方が基調になっており、これは他の人々でも部分的に共通している人がいるかもしれません。私は彼と同じ風には考えてはいないのですがそれでも部分的には同意できるとは思いましたし、似たような思想をFBの記事に書いたこともあります。ただベンジャミンはいわゆる「彼ら」が死亡寸前、死に体状態であるということを盛んに述べていましたが、これはさっぱりそうだとは思いませんでした。これは実は彼の弱点やほかの発信者の弱点にもかなりつながる内容になります。

リチャード・コシミズ氏についても話が出ましたが、二・三回協調して動いたことがあったようですね。昨日もRK信者です!みたいな人が最後に質疑応答でコメント残していきましたが(これはDVDで見ることができるでしょう)、不正選挙についてベンジャミンもコシミズを応援するという考えはあるようです。ただ、ベンジャミンとしてはその集団に取り込まれるのは嫌な様子で、独立党に関係したことでそう考えるに至ったことなども少し説明してくれました。ただ、わざわざ対立軸をあおる気はないようなのでベンジャミン派だRK派だ言っているのは意味がないようです。ここには所詮徒党を組むことと、「正の不存在」を考えることもできない取り巻きたちの限界が垣間見えるともいえます。

彼には女性秘書がいるのですが、この女性秘書の方がまさに「いろんな意味」でやり手です。このいろんな意味をここで説明することはできませんが、彼女自身がいっているくらいベンジャミンはわがままで気分屋であるそうで、それを手のひらで転がしながらうまく動かしているのは、この秘書さんであるという言い方もできるかもしれません。このことも含めていろんなことを考えたとき、ベンジャミンを「青い目の侍」と評する人がいるそうですが、彼は日本人の考え方とはかなり縁遠いと思いましたし、いわゆる侍の考え方や武士道の考え方ともかなり縁遠いと思えました。

ベンジャミンは大麻推奨派で、ただし抽出したマリファナやハシッシュは反対派、有効利用賛成のフナイズムに近い考え方ですが、この辺りは結局大麻の真実はこの世界ではだれにも分からないんだなと思いました。だから大麻の真実って書く気がしないんですよねえ・・・まあ、それは医学の真実も食の真実も同じですけど。大麻を正当化することに関しては科学を持ち出したりなどしていましたし、そこに結局科学への依存が垣間見え真の智慧に沿って動いているとは言えません。これは他の発信者であれすべて同じであり、大麻反対論者でも同じであり、大麻とはどのような存在であるかということに対する、すべての整合性をつけることがさっぱりできていません。彼はカナダでは普通に大麻を使用しているようですしそれを隠す風でもありませんでした。もちろん日本ではやっていないようですが・・・。また大麻用語論者にありがちなのは自然に近づくという思想と自然物なら大丈夫、バランスがとれていれば大丈夫という考え方なのですが、彼はまさにこれの王道を信奉していました。医学的、科学的に言ってもまったくそうとは言えないし、むしろ0か100のほうが大事で、中庸を論ずるなら政治であれ策謀であれ経済であっても、同様にその考え方を適応したほうがいいと思えましたが、ここには乖離があるように感じました。しかしツッコミを入れる気もなく時間もなかったのでその辺はスルーするだけに終わりましたが・・・。

結局多くの発信者、それが船瀬さんであってもそうなのですが、ジャーナリスト的な人々というのは情報収集力はすごいですが、原理原則や道理の原点に立ち返っては考えないことが多いのだということをあらためてかんじました。それが結局は巡り巡って「彼ら」の策謀に引っかかっていることと同じであり、それを理解しながらでも奴隷生活を送るかどうかは違うのか違わないのかということも考えてしまいました。ここでの私が考える原則でもいくつかありますが、代表的に言えば「人間に医学は必要ない」ということや「いかなる神経作用物質を使用することも下策中の下策である」ということ、さらにいえば「歴史が示し歴史前から続く思想や記録にはどんな多重の意味があるのか」ということを考えはしないということです。これは情報収集するジャーナリスト系の人々には最も欠けていることであり、総合的に考える、俯瞰的に考える、シンボリックに考える、直観や生物学的に考えるという観点が欠けているということでもあります。なぜならこの答えというのは誰に聞こうがどんな科学研究をたどろうが決して出ないからです。これらはすべて出された情報から奥へ自分で進んで行って「考える」よりありません。すべての物事に整合性をつけ少しでも自分にウソをつけばたどり着くことはできません。そのプロセスはほとんどすべての人が歩んではいないようです。しかしそれが故に彼ら発信者を責めるというのは少々酷なのかもしれません。

大麻には神経作用物質というだけでは片付かない深い深い意味がありますが、それは置いといてもいかなる依存物質に従ったところで人間がその上に行くことなどできません。それはすでにどのような意味においても踊らされており依存でありそれ以上でも以下でもありません。これはタバコであれ精製糖であれ甘味料であれ薬であれドラッグであれアルコールであれカフェインであれ、その他の神経物質であれすべて同じことが言えます。もちろん自然派のタバコであれアルコールであれ同じです。自然派のタバコは癌にならないという話がありそのような研究もありますが、それは実は本質には迫っていません。そしてそれを知ったうえでも私はアルコールには手を出しています。つまみがないと飲めないのでご飯替わりなものですが、自分でこの依存性物質に身を宿しているのは、違う意味での虚無主義なのかもしれません(私は他のものはすべて手を出していません)。しかし人々はその考えの中からではなく正当化を基軸にして会話するので、非常につまらない話になるなと思います。ボクもまたサタニズムに部分的には汚染されているといえるのでしょう。

細かい情報はここにはオフレコということも含め載せませんでしたが、会っていろいろ話をしてみて率直な感想を書いてみました。結論的には無理に一緒に行動や協調していこうとは思いませんが、彼には彼の路線で政治や経済なども含めて裏話を暴露していってもらえればと期待します。そして最後に感じたのは、今、ボクの周りにいていろいろ教えてくれる影の発信者たち、影の協力者たちはもっとすごいんだということをあらためて感じた一日だったと思います。
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カルト

「誰がスパイか」を論じる意味はありません。
そこに嵌まってはいけません。
とりあえず「全員スパイだ」と思っておけばいいでしょう。
人々が破滅へと向かうのを食い止めることが出来れば赤の他人の枝葉の話なんてどうでもいいのです。

科学、医学、栄養学などは今世紀最大のカルト宗教でありインチキ商法です(スピリチュアル系と同等)。

医学が無ければ死んでしまうのなら、人類はとっくの昔に滅んでいた筈です。

地にありて俯瞰する

汚泥浸しつつ歩く者でなければ、底無し沼にもがく人を引き上げる技は持ち得ないのかも知れません。

何にしても、予想や期待が実際を遥かに超えるときは理屈でなく感覚で超えるので、言葉では説明できないように思います。

もしそれを巧く説明できるなら、それはなにも超えてはいないか、よほど生き生きと言葉を生み出せる表現者ということなのでしょう。

頭で非常に感心し感服しながら、何か遠いところにいるような心持ちになることはありませんか。

完璧とさえ見える頭の良い優れた方々に、ときに何かしら、魂をどこかに置き忘れたような雰囲気の方がおられます。

いくら笑顔でも真剣な表情でも、またどんなに物腰柔らかく弁舌爽やかでも、分かる人には気づかれてしまいます。(私はさっぱり分かりませんが)

―しかし人々はその考え(存在の根本問題)からではなく、正当化を基軸として話をするので、非常につまらない話になってしまいます。

無理もありません。これは、

単に今この社会を「評論する」人間と、

今この時代を「人として生きんとする」人間との違いで、

近づくほどに離れゆくのは自明です。

(前略)…

時がだんだん過ぎてゆく

おれのひたいにしみを残して

けれどもおれは詩をやめない

おれはやはり街から街を歩いたり

深い泥濘にはまったりしている

室生犀星

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No title

ベンジャミン情報は、全く当たらないことが多いのは何故?

No title

「医学が必要・必要でない」という論争はいつも「何をもって必要とするのか」という大前提の設定がなされていないのが議論の作法を知らない人間たちがやりあってるのだなと思わせる。種の保存という点では必要ないし、長寿化という点では必要でもある。結局彼らに根本に立ち返って成熟した議論をする気などなく、単なる自らのアイデンティティの誇示や実存的動機による情報量の比べあいをしたいだけなのだなといつも思う。
プロフィール

キチガイ医

Author:キチガイ医
平成25年4月よりTokyo DDCとNPO法人薬害研究センターを設立、平成28年1月からはうつ民のセレクトショップや無料メルマガもやってます(詳しくはリンクをご覧ください)。薬の減薬や断薬、支援施設運営や、執筆や啓蒙活動を通して、自分の素人的意見を発信していければと思います。当ブログはリンクフリーですが、リンクするときは一声おかけください。

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