医者とおかんの社会毒研究

医学不要論の暮らし方と題して10月22日に発売。
医学不要論もセットでよろしく。


はじめに

この本は「大笑い!精神医学」でタッグを組んだめんどう~ささんの出版第二弾であり、内容的には拙著「医学不要論」をかみ砕く形になるよう意識して書きました。「大笑い!精神医学」は「精神科は今日も、やりたい放題」を同様に噛み砕いたものでしたが、実はこのように噛み砕かないといけないというのは、重要な意図がある反面さびしさもあるのです。この「はじめに」では少しそのことについて書いてみたいと思います。

重要な意図はなんであるか?これは第一には「大笑い!精神医学」と同じように、子供やお年寄りでも読みやすくするためです。特に今回の内容は精神医学という特化した内容ではなく、健康や食や生活そのものにまつわる、密着したテーマばかりを取り扱っています。本来これは未来を担うべき子供たちこそ知っておかねばなりません。この本はその点において小学校高学年から高校生くらいの学生たちが、一気に読み通せることをイメージして書きました。そして彼らに読んでほしいのには別の意図も込めてあります。

というのは、昔、たとえば第二次世界大戦前の中学生や高校生というのは、この本に書かれているようなことを常に意識し、日々の会話でも話すことのできる子が今より多かったことが、いろんな歴史研究でわかっているのです。しかしみなさんご存知のように今の若い人々は、この本に書かれているような内容よりマンガそのものであったり、アイドルやファッションや芸能にしか興味がなく、生きるための基本的な知識に欠けています。これは大人が教えてこなかったせいであって、それは結局社会からのしっぺ返しとして大人のほうに跳ね返ってきます。今の世の中が何かおかしいのはまさにそのような教育の延長線上にあるのだと私は思います。だからもしこの本をママさんたちが買ってくれたなら、必ず子どもに読ませるようにしてあげてほしいです。

ではさびしさとはなんでしょう?それは最近の大人の方々は本を真面目に通読することが減ってしまったということです。これはこの国の衰退と無関係ではないと思います。確かにインターネットは日々進化して情報は配信されていますが、書物の利点は著者の考えを追いながら整理総括してモノを考えることに寄与するという点です。書物自体は定食一回か二回かのお金でしかありませんが、現代の大人たちはそのお金をケチって、ブランドものや生きることに関係のないものにせっせとつぎ込んでいるよう見えます。これは生物としてまっとうな姿なのか、私は日々疑問に思っています。

私は多くの著書、講演、ネット配信などで必ず述べていますが、現代の人類、現代の日本人というのが大嫌いです。なぜなら現代の日本人ほどに自分のことだけを考えたエゴイストたち、子供の為とうそぶく嘘つきの大人たちを見かけることばかりだからです。現代の大人たちは口では子供を心配していると言いますが、実のところ自分の体裁ばかり気にしています。だから私は子供は情報を持って生き延びてほしいと思いますが、そんな奴隷根性と体裁ばかりの大人たちは滅んでもらって構わないとさえ思っています。

政治も経済もグローバリズムと寡占化が荒れ狂うこの腐った世の中で、いったい人々はどのようにしてこの世界を立て直せばよいのか?それは私のも分かりません。しかし今、大人たちが自分たちのすべてを反省し、自分たちの非を認めて行動しなければ、何一つ進展することはないまま、この地球は完全に腐っていくことになるでしょう。それは私の望むところではなく、私は一人になってもこのことを続けなければなりません。

こんなこというとめんどう~ささんに失礼ですが、この本は所詮マンガかもしれません。でもそんな本であっても何千人か何万人かに何かの影響を与えることができれば、この日本や世界全体についても何か変化が訪れるかもしれません。この本にもそんな考えを込めて書きましたし、そのように考えて活動している方はほかにも多数おられることでしょう。ぜひこの本だけでなくそのような方々の声に耳を傾けてほしいと願っています。

最後に、いつも出版社として担当していただいた中野さんに感謝の言葉を述べるとともに、わが妻と娘に感謝の意を表してはじめの言葉を終えさせていただきます。

http://www.jbook.co.jp/p/p.aspx/4706820/s/~jbl
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知識人の虐殺

子供達に知恵を伝えることはとても重要ですね。
先人達の知恵は財産そのものです。
一節でも多くの知恵を子孫に継受するのは我々の使命であり義務であります。

カンボジアのポル・ポト政権のようにわざわざ知識人の大量殺戮をしなくとも、民衆の思考力を低下させて支配者層だけで知恵を独占し残りは一生奴隷から抜け出せない世の中にすることはいくらでも可能ですから。

単文メールやSNSばかりやっていたら確実に50文字以上の日本語の読み書きや会話すら出来なくなります。
本来の明瞭簡潔な文章は高度な長文の読み書きが出来る人にしか作れません。
ただ短い文字の羅列をすればいいという訳ではないのです。
方法は違うけれど結局はこれも知識人の虐殺と同じことです。

様々な古典の良書を読み先人達の知恵や学ぶ姿勢、高度で柔軟な思考を身に付ければ「死にたい」と思うことはなくなります。

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No title

本日届きました。
私より先に14歳の息子が読んでいました。
笑ったかと思えば、真顔で。マンガのおかげでとっつきやすいようです。
良い本をありがとうございます。
学校の図書館にもリクエストしたいとおもいます。

プレゼンやパフォーマンスで踊る時代?

http://ameblo.jp/raingreen/entry-11619585239.html
に、大衆を踊らせるために、滝クリさんが踊った話(つまりサセラレ=作為体験)が記事にありました。
 息子が「『おもてなし』は『表なしで、裏だけはある』話だね」と申しておりました。そのとおりではないでしょうか。
 優生思想&西洋帝国主義を内包する発達保障論(http://bit.ly/YQvWb6)からなる[発達障害]([アスペ]ルガー症候群を含む)診断ならびに療育は、根本が「間引き思想」であり、権力側に好都合なように、その子を「矯正」できなければ社会的に抹殺してよいことになっています。
 このような「発達保障論」を推し進めているのは(本人は否定するでしょうが)優生学を推進しようというレイシストたちです。そうした人々の「おもてなし」を受けて広告塔になると悲惨です。上記のブログ記事にあるように[予期不安]でボロボロ、子孫にも[PTSD][負の連鎖]が生じます。
 いまだに広告塔として利用されているお子さまがおいでなので、ご家族ともども馬鹿げたパフォーマンスをさせられる(作為体験)状況から脱せられるように祈る次第です。
 なお、「生まれつきの脳の問題だ」と言いがかりをつけられたアスペやADHDがDSMから消えたからと言って、それを自閉ちゃんと言い直すことにしても「PTSD否認」問題はそのままです。
http://ameblo.jp/raingreen/entry-11653388803.html
自閉状態には、当人が無意識に行う自己治療行動という側面があり、自閉だから芸術的なのではなく、PTSDだから自閉と芸術性が併存するケースもあると考えるほうが合理的です。要するに、感覚情報処理の個体差が「障害」としてあるため、そのハンディキャップを「昇華」しているに過ぎない現象と言えるでしょう。この点でも「発達保障論」にはウソがあります。本人が昇華しないとならないわけで、周囲の人間が「昇華を保障する」なんてことは不可能ですね。また、本人が昇華するしかないわけですが、努力さえすれば必ず昇華できるわけでもないので、凡人に終わったとき努力が足りないナマケモノとして断罪するのは虐待になります。

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プロフィール

Author:キチガイ医
平成25年4月よりTokyo DDCとNPO法人薬害研究センターを設立、平成28年1月からはうつ民のセレクトショップや無料メルマガもやってます(詳しくはリンクをご覧ください)。薬の減薬や断薬、支援施設運営や、執筆や啓蒙活動を通して、自分の素人的意見を発信していければと思います。当ブログはリンクフリーですが、リンクするときは一声おかけください。

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