北見裁判の行方

北見裁判の行方について書く事にする。この内容は公聴裁判の記録でもあるのでどこにオープンにしてもらっても全くかまわない内容である。講演などの予定は他のエントリーを見てもらいたい。またこの記事を読む前に予備知識として下記のエントリーを読んでいただきたい。

緊急執筆 証人尋問を終えて
http://touyoui.blog98.fc2.com/blog-entry-65.html
証人尋問を終えて2
http://touyoui.blog98.fc2.com/blog-entry-66.html
証人尋問を終えて3
http://touyoui.blog98.fc2.com/blog-entry-67.html
本論であるが、ニンゲンたちもさすがに少しはおかしいだろうと思われたこの裁判、この結審が12月某日に行われた。結果は無罪である。無罪無罪。私もまだ詳しい判決文を読んでいないのだが、この裁判は当然オープンに行われており、この情報が日本を駆け巡っても何の問題もない。かいつまんでいうと、治療の過失は認めたが死亡の因果関係を100%認めることができないため、こういう判決になったのとのこと、もちろん原告は控訴した。

つまり今の日本では、あなたが向精神薬を500錠飲まされようが、1000錠飲まされようが、病院に放り込まれたらそれに抵抗するすべはない。そしてそれで死んでも殺したニンゲンは有罪にはならない。それが当たり前のことである。

以前も似たような記事を書いた時、またこの記事でも他のブログの記事でも、精神医学は医師の殺人罪ではないか?とコメントに書く人が大勢いる。確かにそうなのだが、それを書くこと自体私はアホです、私はカモですと書いているのに等しい行為なのだ。つまりその考えの前提には、日本は民主主義であり法治国家であり、正義は守られる、少なくともやり方次第では守られるという、甘い幻想しか存在していないのだ。繰り返すがそれは甘い幻想である。日本は法治国家ではないし民主主義国家でもない。そのことを国民のほとんどは知らず、自分に災いがふりかかってきたときにだけ、何となくそのことを感じ始める。法治国家だと考えている段階で、すでに奴隷根性なのだ。

精神医学をなぜ全否定するのか、という理由は無数に存在するが、そのひとつは精神医学や心理学が、統制や殺人のための手段であるという点である。これは古くはレーニンやスターリンやヒトラーが使ってきた手法と同じであり、現在では先進国だけでなくアメリカのFEMAも中国の法輪功問題も、全て同じなのである。その根底に優生学や統制や廃人化があり、そのために社会側がそれをバックアップし、愚民はそれに従うという構図だ。

この判決には法システムの問題もあるが、そもそもそれは人間が動かすものであり最後は裁判官の主観になるということは当然のことである。つまり現行の裁判官は自分で責任を持って、正義感とか道理とかそういうものを持ち合わせて判断することなどできないということだ。そうではなく、大野裁判でも、他の裁判でも同じだが、利権追従、科学の無視、それ以前に人間性をも無視し、システムの維持にだけ気を配っている。システムの維持とは具体的にいえば、医療裁判によって医療体制が崩れたり信用を落とすということを防ぐ、という意味だ。

精神科医などすべて精神薬を飲んで死ねばよい。医学者もみな同じだ。
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キチガイ医

Author:キチガイ医
平成25年4月よりTokyo DDCとNPO法人薬害研究センターを設立、平成28年1月からはうつ民のセレクトショップや無料メルマガもやってます(詳しくはリンクをご覧ください)。薬の減薬や断薬、支援施設運営や、執筆や啓蒙活動を通して、自分の素人的意見を発信していければと思います。当ブログはリンクフリーですが、リンクするときは一声おかけください。

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