「救われている人もいる」という愚問

「精神薬で救われている人もいる」という愚問に対して、答える必要はないという意見もあるようですが、まあ記載しておきましょう。結論から言うと全く救われてる人はいませんというのが当然の答えです。こんなことに気づかないかった自分が恥ずかしいですが、勉強すればだれでも当たり前のことを勉強しないからどーでもいい意見に流れてしまうのでしょうね。

11月11日 大阪の日本アンチエイジング臨床学会で講演(歯科の小峰先生を主としたグループです)
11月23日 長野の飯田で講演会 サイクバスターと仏と悪魔バトル
12月1日  東京でCCHR20周年シンポジウム 私は登壇していくつか重要な発表します。
この結論を導くためにはいくつかの基本的知識が必要です。一つは精神やこころにとって(というより医学にとって)の治癒とは何かという問題。一つは精神疾患などは存在しないと言い切れる理由をどこまで理解しているかという問題、一つは精神薬とは科学的や分子学的にどのような物質であるかという問題、一つはプラセボ効果とは何かという問題、一つは精神薬はそのプラセボ効果以下であるにもかかわらず効いていると感じる人が一部いる問題、そして救われたという言葉が一体何を意味するのかという問題です。毎回書いても本論とは異なったり自己意見だけでみんな終始するから、日本人のレベルがわかっちゃうのだが。

まず一つ目からいきますと、精神医学でいう寛解という言葉は、ただ精神医学が治せないということを隠すための言い訳にしかすぎません。治せないだけならまだしも悪くしてそれを隠すから更に始末に負えない。ここでは治癒の定義が必要になりますが、当然ながら治癒とは薬をやめて病院から卒業することを意味します。これ以外のものを治癒とは呼びませんし、少なくとも私は認めません。一体精神医学の中で治癒をもたらしているものがどれだけいるかといえば、0かどうかはわかりませんが限りなく少ないとしか言えません。どーでもいい症状などの場合、たとえ精神医学であろうと治ってしまう場合もありますから(これは後の話ともつながっていますが)、そのあたりも除外する必要があります。

精神疾患が存在しないと言い切れる理由は、いろんなところで書いてきたので割愛します。これくらいは完全に理解できないと会話としては成立しません。三歳児に大学の難しい講義はしようもないことです。精神薬がどのような物質かはブログ内に載ってますから、他の知識と合わせて理解してもらうしかありません。

ここで問題はプラセボ効果といって、どんな物質でも思いこみ効果が出たりすることがあるのをどうとらえるかということです。実際の研究では精神薬の効果はプラセボ効果以下なので論議するにも値しませんが、その研究くらいはまた自己で学習してください。問題は精神薬でさえもプラセボ効果でよくなる人もいますが、その時精神薬に他の問題がないかどうかの検討です。ラムネを飲んでもほとんど害などありませんが、精神薬を一度飲むとプラセボ効果であっても、非常に重篤な問題が出現します。それが依存症状であり禁断症状です。ここでは副作用を扱いません。なぜならプラセボ効果が一番感じられる時点で、すでにその人にとって副作用は出現していないからです(隠れ副作用はあります)。

さらにいうとプラセボ効果ではない明確な作用が向精神薬にはあります。それこそ覚醒剤や麻薬のような作用です。ある患者が例えばうつや不安に陥っていた場合、向精神薬を飲んだとして奇跡的に副作用が出なかったと仮定しましょう。その場合プラセボ効果でよくなったと感じる人もいますが、そうではなく作用でよくなったと感じる人もいるということです。その場合の効果は覚醒剤などと全く同じであり、だから置き換えればいいです。うつや不安の時にシャブやMDMAを飲んだとしたら、人間はどのような反応を示すでしょうか?奇跡的に副作用が出なければ、「あ~、気持ちいい。おかげで不安やうつとかなくなったわ~。」という感覚になるでしょう。しかしその時点で明確な副作用が出ていなくても、物質的に考えればもうその薬から逃れることはできません。これは最初の治癒の定義とも関連してきます。これこそが精神医学が目指している寛解の正体です。

そして最後救われたと問題、これはいったい何を意味する言葉なのかということです。日本人にとって救われたとは、何十回も書いているように目先の利益にとらわれて、その場をしのげば救われたと考えている人間ばかりなのです。まさにその代名詞がドラッグであり精神薬であり、それは問題の先送りであり必ず後で代償や不幸を呼び込みます。精神薬を飲んでいると精神力がどんどん弱くなっていくのは、多くの研究で示されていますし、問題自体も本質的に解決していないのだから当たり前です。これはもう少し拡大して考えればトーキングセラピー(いわゆるカウンセリング)も、所詮同種であることにほんの少しの人だけが気付けることでしょう。穏やかであるということ、受容するということは本質的な問題、人生に出現してくる数々の諸問題から逃げているという状態なのです。だからそういう人は自分がその不幸を招き寄せているにもかかわらず、それを自分のせいだと気付く事はありません。臭いものに蓋をする人間に、次から次へと問題が起こるのは必然でしかありません。そして薬を飲んでいればそれに対処する能力さえ奪われていきます。

長くなりましたが、結論をまとめると、精神疾患は存在しないのに精神薬を投与すると、大半はその副作用率の高さからどんどん弊害を起こす。少数の人はプラセボで治った気になるか、覚醒剤的作用によってそれを飲んでいる時だけ治った気になるが、結局万人がその依存性と禁断症状とアップレギュレーション(脳内がその薬によって作りかえられていく現象)から逃れることができない。そしてその少数の人は薬でラリりながら良くなっていると勘違いするため、本質的な諸問題に対処することができなくなる。精神自体も精神薬を飲むことでどんどん弱くなる(これを精神的脆弱性の増加と呼びます)。つまりだれも救われることはありません。
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まとめ【「救われている人もい】

「精神薬で救われている人もいる」という愚問に対して、答える必要はないという意見もあるようですが、ま

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No title

長くなりすみません。これは自分の耳で聞いた現場の声です。

都内の或る精神科病棟、60代女性長期入院患者Sさんは、睡眠時以外は殆ど目を剥き出し、犬の様にうなっているかギャーッと叫んでいるかの毎日です。手足は曲がりくねって固まり、家族とも会話不能、子や孫以外は殆ど認知できません。

Sさんの病名は、「うつ病」です。

看護助手歴20年のOさんが、側にいた新入りのAさんに言いました。

「あのSさんは…昔はデキル奥様、マダムって感じでね、調子悪くなった時休養で入院したりして。そいで入院中でも、自分から掃除も洗濯も手際よくサッサッサッとやってたものよ。」「へえー。」

「元気だったのが、或る日突然、『ギャアーッ!』となって、終わり。もうそれっきり。」「あららら」

「介護してる私達が一番よーく知っている。……頭の薬を飲み続けると、薬が多かろうが少なかろうが、遅かれ早かれ、皆ああなるよ。」「ふーん。」

……実は、この後の会話はもっと恐かったのですが、精神医療の現場の方々にはどれも常識のようです。

青ざめていた私は、最後にAさんに笑われました。「ふふふ、もっとオトナの世界を知らないとダメですよ。」



私はエビを処方されて寝れなくなり、また、一分たりとも座ってられなくなり、地獄の苦しみを味わいました。


さらに、すぐにおこりだしたりして、夜に病院に連行され、仕事 無断欠勤すると首になると抗議する私をロビーに朝まで放置して怒りだすのをまって拘束しました。 心療内科に安易にかかりコロコロ薬をかえてもらったらこのような結末がまってあることも覚悟しなければなりません。
1ヶ月の強制入院後、精神病ではないと言われ、薬物中毒としかかんがえられないのに、ボーダーとされました。ちなみに会社 は当然籍はなくなり、病院にはいけなくなりました。(笑) また、病院にもらった薬、いやチャンポンをのんで倒れて歯や指をおったり散々でしたわ。
最終的に運転中に突然眠気におそわれ,同乗者曰く直前迄会話してたらしいが、反対車線の壁に擦るということをしでかし、薬を一切やめました。

No title

結局飲むとダメということですね。しかも飲んでしまったら理由が禁断症状であれ何であれ、暴れたり反社会的に行動してしまうとまた入院になります。私も禁断症状であれ何であれ、自己コントロールできず暴れてしまう人はやりようもありません。親もすぐ入院させようとするし、薬物中毒、薬物依存とはそういうものということでしょう。やはり元を断つのが(精神薬をこの世から消去する)のが肝心です。

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No title

主治医と話し合いで、減薬をはじめたのが1月。完全に断ったのは9月。でも、職場の看護主任は『精神科に行け。いかないなら無理矢理つれてく』『薬を飲まないのは悪いこと』『精神障がい者が犯罪を起こすのは薬をちゃんと飲まないからだ』っていってきます。反論したら、そんな変な知識どこで覚えてきたって言われて。診断書に完治したと書かれるまで休むようにも言われました(障害者枠ですよ?)。薬に依存してた七年間、離脱症状にうなされて、今でも本当は飲みたくてしかたない…それも大量に。きっと再服薬したらとまらなくなる、まだ依存から抜け出せてないんです。薬と病院からの卒業を治癒を意味するなら、薬を飲み続けて完治するということはありえないんじゃないかな…と。

No title

>12:18さん
このブログ内に書いてある、私の親への評価をよく読んでください。それでも私の話を聞きたいならいつでも受診すればいいんじゃないでしょうか?

>真琴さん
完治はないですが、結局は薬だけでなく社会に対しても、未練など捨てることです。職場の看護主任というからには、あなたは看護しかそれに類する職業、その仕事ができるだけで実はいくらでも働き口はあるのです。

No title

>真琴さん
あなたの方が少なくとも知識はあるんだから堂々としていればいいよ。

昔30年ほど前、重度精神病にして「反精神医療派」、受診服薬はしたこともないクソ生意気な若造の精神医療従事者だった俺には院長以下皆ヘイコラしてたよ。
たまに医者に○○君、薬あげようか、なんて言われることはあったけど。

看護師には虐められたけど総婦長から各病棟婦長、一般看護師とだんだんヘイコラするようになってきた。タチの悪い無資格看護師何かからは最後までイジメられたが…
専門学校のキツイ性格の先生も俺には優しかったし。昔はまだ良かったな。

やめるこたぁないよ。とりあえずその看護主任以外から尊敬されるようにすれば良いんだよ。
ちゃんと仕事やってんだ、何の文句があるんだって、自信持ちなよ。

No title

>「ふふふ、もっとオトナの世界を知らないとダメですよ。」

オトナの世界じゃなくただの犯罪やろ。自分が犯罪者であるということすら理解できないレベルだからどうしようもないな。

流動性が全くない日本の就職市場で現状維持以上の転職はなかなか難しいと思いますが一度就職したところで定年までという強迫観念に縛られず不満があれば新しいところでチャレンジしてみるのも一つの手段だと思います。

精神医療従事者特に末端の職員はこれから厳しくなっていくでしょうね。精神医療従事者に対する社会の目が変わってくるだろうから履歴書に精神科で仕事をしていましたなんて書いてあったらまず選考対象から外されることになるでしょう。ああ犯罪者ですねという感じで。業界に留まっても待遇が今より落ちていくのは目に見えてますし。

就職口だけならまだしも交友関係や結婚などにも響いてくるんじゃないでしょうか。非常に厳しい立場に追いやられていくのは間違いないと思います。自業自得ですが。

看護学校の学生さんたちと話す機会があり、将来は何科で働くつもりかと聞いてみたところ、精神科は誰もいませんでした。

皆、多くは語らないものの、何か怪しいとわかってるようでした。

うつや統失で若い世代の患者が死亡退院すると言うと信じられないようでした。彼女達をホロコーストの共犯者にさせない為にも先生の著書は重宝します。
プロフィール

キチガイ医

Author:キチガイ医
平成25年4月よりTokyo DDCとNPO法人薬害研究センターを設立、平成28年1月からはうつ民のセレクトショップや無料メルマガもやってます(詳しくはリンクをご覧ください)。薬の減薬や断薬、支援施設運営や、執筆や啓蒙活動を通して、自分の素人的意見を発信していければと思います。当ブログはリンクフリーですが、リンクするときは一声おかけください。

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