「凶刃」とアリスパパ

先週から今週にかけて私は非常に意義深い交流をした。その二者の活動を紹介しながら精神医療の問題、業界全体の問題について考えてみようと思う。

「凶刃」とは入院していた重症精神障害者に、子供を殺害され加害者と病院に対して訴訟をおこしてその内容を記載した告発本である。私もこの本の存在については知らなかったが、某サイトをみて、こんな人がいるのかと思いコンタクトをとってみた次第である。彼とはまだ直接お会いしたことはないが、メールで真摯にやり取りいただけたと感じ、感謝している。彼にしてみれば精神医療にかかわる医師とコンタクトをとるのは、意義深いかもしれないが苦痛であるかもしれないからだ。
その中身は私が説明しても意味ないので以下のHPを参考にされたい。
http://www.rosetta.jp/news/kyojin2.html

その彼が裁判を起こし、この本を書いた根拠として、イギリスの思想を引用して私に示してくれたのが以下の観念であると思われる。いわく、
「精神障害があるなしにかかわらず、全ての人間は平等であり、ある特定の人間の人権を理由にして、他者の人権侵害をしてはならない」
この考えは私が抱いていたものと全く同じであった。と同時に例えば精神科セカンドオピニオンや、R医師にかかわりのある患者会やくじら会などからすれば、到底承服しえない人が多いのではないだろうか。私も自分のコメントをすべて見返すことなどできないが、精神障害があるということに対する保護的な考えに対して、批判的に発言してきたことは間違いないと思う。そしてその度に反発や攻撃を受けてきたのも、しみじみ思いだされる事実だ。今更ながらに精神障害者(真の意味で精神障害者が存在するかどうかは置いといて)が、社会的に自分たちが差別されざるべきという思想を訴えながら、国のシステムを利用し、かつ何かしら問題を起こしたり犯罪行為を起こした時に、心神喪失論などを持ち出して罪なきことを訴えても、誰も承服しえないのは間違いない。

私自身も医療観察法については賛成できない。しかしだからといって、ここに書いたような理屈を、精神障害者と呼ばれる人が振りかざしていると仮定したら、そこに味方しようとする人たちは一体どれほどであろうか。被害者からしてみれば、これは自分たちだけ特別扱いせよ、と述べられているに他ならないととらえるだろう。
もちろんここでは多剤処方による問題や、その他の社会的問題を含めた思考は働いていないので、一概に言えないことは理解できる。しかしこの理屈が正しいと訴える限り、医療観察法そのものはますます名分を手にして、患者に害なすであろうことは間違いないのではないか。

私は精神障害者も全く同様に法に照らされるべきだと強く思う。その前提があるからこそ医療観察法を否定することができる。精神障害者の犯罪率は実は低いのだと訴えることができる。また等しく法に照らされれば、例えなにかしたとしても投薬をうけることはないし、一生病院に閉じ込められることもない。人によっては加害者も被害者だという訴えをするらしいが、これは犯罪被害者の人権を踏みにじる行為である。どんな理由があろうと、一体誰がその人の話をまともに聞くであろうか。
この話はまた大いに批判をうけるのだろうと思うが、私はそれでもかまわない。真の意味ですべての人の人権が保たれることを目標とするなら、この意見の方がまだ「まし」であると確信があるからである。

もう一人意義深い人と実は今日お会いした。個人ブログでお知りの方もいるであろう、HNアリスパパという方である。彼とお会いすることになったのもメールを通じてだが、彼が構想する精神医療被害者連絡会と、私が立ち上げようとしている精神薬の薬害を考える会について意見交換するためである。連絡会の概要は以下アドレスを参考にしてもらいたい。
http://ameblo.jp/sting-n/entry-10773821406.html

結論からいってこの組織は医療的な組織ではない。どちらかといえば訴訟を前提とした組織といえる。そしてその被害を受けた人たちの概要は、私がこの数年セカンドを含めてみてきた人達と何も変わりのない内容であった。私がこの会に興味を持ったのは、いわゆる重症精神病の人たちが薬漬けにされたケースよりも(もちろんこれも大事だが)、軽症患者達がいかに薬漬けにされていったかということに、主たる視点を置いているかということである。趣旨ドラフトからは伝わりにくい点があると思われるが、これは本人からの談であるので間違いはないと断言できる。これは私自身が、精神科セカンドオピニオンに興味を持ったいきさつや動機と全く符合するのだ。

話を聞く限り、彼はCCHRなどの観念をとりいれているが、CCHRの信奉者とまではとても言えないと感じた。とはいえその意図するところの価値は高く、それは結局多剤大量処方の悪と、あまりにも非科学的だったり意味の理解しかねる薬剤使用法の批判である。彼が真意として私をどう思っているかはわからないが、薬の使い方やどの理論を重視しているかに違いはあるものの、かなりの一致点があったことに正直私は驚きを感じていた。もちろん医師であるという立場と被害者家族であるという立場の相違上、薬に対する最終的な結論の違いは当然のことであって、ここがすべて一致したらむしろそれは「気色悪い」と言わざるを得ない。単純にいって、どうしても寝れなくて助けを求めて来る人に、睡眠薬を出さないというのは医師として難しいと思うし、最終的には精神科のない世界になってほしいが、今すべての面で反精神医学を指示するには限界があるというのが私の意見だからだ。

彼の会はこれから設立に向けて動き出すのであろうが、この会と私の考える会がどれくらいリンクできるのか、現段階では未知数である。私の会は直接的な医療や福祉アプローチ、セカンドオピニオンを継続すること、シンポジウムの継続的運営などを基調とする予定なので、やるべき仕事も思想も違うからである。もちろん彼経由で薬漬けの人がいれば、これまで通り減薬に協力することや、場合によっては訴訟の協力や鑑定書作成をするのもやぶさかではないのだが、彼にとって私がそこまで価値があるかは不明である。
精神薬の薬害を考える会は、シンポジウム終了後自助団体として活動を始める予定で、HPを立ち上げ基本理念やセカンドオピニオンを提示していく予定である。詳細はもう少し待たれたいと願う。
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No title

HNアリスパパさんの、
//
私共は、精神科治療薬による薬物依存という医原性の病気が原因ではないかと疑っています。自殺や殺人、精神疾患の診断を受け社会生活を送れない状況に追い込まれた方々の多くが、精神科治療薬の副作用でないかと疑っています。

もしそうならば、その人々は名誉を回復し、しかるべき救済を受ける権利があります。

もし、精神科治療によるメリットを大多数の人が受けているなら、その為にデメリット(副作用)を受けた人には、社会的に救済を受ける権利があるということです。

真実を究明し、被害者の名誉を回復することが、最大の治療です。
//

に強く同意いたしますし、何よりの願いです。

No title

精神障害にかかわらず刑罰を適用すると言う考えはもっともだと思います。実現するには、刑法改正が必要でしょう。

刑罰の点で健常者と平等を目指すならば、医療保護入院による自傷行為からの保護もやめなければ不公平です。精神疾患ではない人がやっとも強制的保護はないのだから。

私が恐れているのは、自殺未遂、閉鎖病棟への強制保護を何回も繰り返すと、死刑になりたいという理由で凶悪犯罪を行う人が出ることです。

精神障害者の保護自体には反対ではありませんが、行政機関ではなく、慈善団体に任せたほうが良いような気がします。

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プロフィール

Author:キチガイ医
平成25年4月よりTokyo DDCとNPO法人薬害研究センターを設立、平成28年1月からはうつ民のセレクトショップや無料メルマガもやってます(詳しくはリンクをご覧ください)。薬の減薬や断薬、支援施設運営や、執筆や啓蒙活動を通して、自分の素人的意見を発信していければと思います。当ブログはリンクフリーですが、リンクするときは一声おかけください。

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