哲学

哲学、思想、心理学というものは精神医学と密接に関係し、時によって医学より有効なことも稀ではないと思う。にもかかわらず医学者と名のつく人で、哲学家や思想家について考えたり論じたりするのを、私はあまり聞いたことがない。これは患者さんでも同じであって、そのようなことを考える人はそもそも患者さんにならないのだと思う。昔の賢人、哲人という人はASやADHDの要素をふんだんに持ち合わせていたことは想像に難くない。とすれば彼らはこの思想や哲学などにどっぷりはまり込む事で、二次障害の発症を防いでいたと考えることもできなくはないだろう。
今回、哲学者の言葉の中で面白いと私が感じたものを抜き出してみていくつもりである。
今後も自分自身の勉強のためにも定期的に続けてみたいと思う。私も初心者なので。

社会の人間はどこまでも骨の折れる仕事を求めて、常に忙しく汗をかき、落ち着かず絶えず心を痛める。彼は生きることができるようになるために死に赴くことさえあり、不死を得んがために命を捨てる。彼は自分の憎んでいる権力者や軽蔑している金持ちにへつらう。自分の卑屈と彼らの保護を得意げに自慢する。そして自分の奴隷状態を誇り、それに預かる光栄をもたないことを侮蔑をもって語る。
                               
絶えず自然について不平を言っている非常識の人々よ、君達の一切の不幸は君達自身から来ていることを知るがよい。
                                               ルソー

神々は憶測である。天上的なものはすべて、人間的なもの、人間的であることを否定し、しかも人間的であることを隠蔽する人間的なものである。天国は病める人間の空想の産物であり、精神の国は絶望した肉体の幻想の結果に他ならない。天国は悩める者弱き者のためのもの、強き者よ汝らは地獄へ行け、という言葉の中になんと巧妙でかつ陰険な弱者の復讐欲が響いていることか。神や天国は復讐の道徳によって作られたのである。

君は己に耐え難い。そこで君は隣人を誘惑し君のよき面をみせる。隣人は君をよく考える。そして君もまた君をよく考える(隣人愛という偽善を皮肉って)。
                                    
教養人、かれは化粧の達人である。彼はあらゆる過去の衣装で自己を飾るけれども、
その衣装と化粧を剥ぎ取ってしまえば、残るのは裸の骸骨だけではないか。
                                               ニーチェ

(要約として)家族や教会のような諸集団は近代に入りその力を弱めてきた。個人は集団に自己を一体化させにくくなり、目標や目的を見失いやすい。元々人間は自分だけを目的とするように作られておらず、このような状況下での自殺を利己的自殺と呼ぶ。しかし集団の統合が強すぎると、個人は集団に吸収されすぎてしまい、集団の欲求にすすんで自分を捨てかねない。これを集団没入型自殺と呼ぶ。そして近代化とともに社会統合が弱まり、目標限定の機能が失われた結果、個人は何を望んでよいのか、何を望んではいけないのかが分からなくなる。欲望が無限に膨らみ、得ようとしても目標は一定の距離のかなたにある。到達し得ない目標を追求することは永久不満の状態に罰せられる。全てが望みどおりにいかなくなったとき、人は無規範型自殺に走る。これらの治療策として同業組合の再建が求められる。
                                             デュルケーム

人間はリビドー(自我が性欲の対象に向けるエネルギー)を満足させる可能性を奪われたときに、神経症にかかる。そして権威主義的な道徳こそリビドーを妨げ、神経症を引き起こす重要条件になりうる。
                                               フロイト


挙げれば当然きりがないのだが、この哲学的、社会学的、心理学的アプローチは常に人の興味を引くと同時に人を傷つけもするものなのだろう。私はニーチェが好きで、私を少し知っていてかつニーチェを少し知っている人ならそれは理解できると思う。彼ほど真実について透徹した思想を持ちながら、斬りつけるような言葉で人に入ってくる思想家はいないのではないか。
またこれらの著書は数百年も前のものであるにかかわらず、まるで今のことを風刺しているようである。コミュニティといつも言っていたが、デュルケームの自殺論では何年も前からその重要性と自殺の因果関係を説いている。このことは、いつの時代も同じ悩みで苦しむ人が多数いることを示すと同時に、その解決方法が考えて言葉に出すことであるか、それとも薬を使おうとするかによって近代と今を分けているようにも感じられる。単純に考えても、今の若い人は自分の言葉で語ろうとせず、議論は避け、リスクを避け、さまざまなものを勉強しその中から独自の意見を生み出すという気概に欠け、他人や政治だけを批判して自分は省みず、なあなあと生きている人が多いことだけは間違いない。精神疾患の治療も就職難も政治も日本の将来も、結局は似た範疇のものから行き詰っているだけではなかろうか。

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No title

自分も、高校中退後、西洋の思想にかぶれていましたが、発病を機に辞めてしまいました。

なにかやれば、何かが起こると、単純でシンプルな生き方になって、今を生きています。

No title

分かりました、東洋医さん、あなたに人文科学的な教養がない、なんてことはない、ということは分かりました。
「教養」とは何か、斯様に難しい問題ではあります、しかし、あなたには少なくとも人文寄りの知識はあります。
素晴らしいことです。

あなたにないもの、それは「センス」です。
物事の切り取り方、あるいはメディアリテラシーの妙です。

昨年末のテレビの特番での話です。

北野武は若い頃、ヴィレッジバンガードというジャズ喫茶で、トイレ掃除の早番だか遅番だかしてたそうです。
そして、その遅番だか早番が、あの永山則夫だったそうです。
永山が事件を起こした、丁度その時期のことです。

永山は、勉強をし直そうと、何度も定時制の高校に入り直しています。
その度に、様々な困難から挫折しています。
永山の書いた物を読めば、彼が十分「頭がいい」ということは分かると思います。
条件が整えば、大企業の社員にでも公務員にでも、努力すれば医者にだって(!)なれた、と僕は思います。

そのようなことを念頭に置いていたいかどうかは分かりませんが(文脈的に多分置いてる)、「(大学に行ったりして)勉強できた人間は幸せだ」と北野武はいいます。
いいこといいますね。

恐らく、北野武は根っこはサヨク「的」なのでしょう。
「左翼」じゃないですよ、サヨク、「的」、です。

あなたは、結局、先哲たちの言葉を借りながら、強い者に都合のいい思想を補強しているに過ぎません(最後の段落のことですよ)。

ちっとも面白くないですね。

どんな医者でも、フツーの人(大衆?)より、努力し勉強してきたこと、していること、それらをあなたは強調しますが、それらは運がよく恵まれている事柄、とは思いませんか?
それでも、医者なんてペイのない仕事と思うなら、医者なんか辞めて、デリバティブでも作ってればいいんじゃないですか?

少なくとも、精神病者オリエンテッドの心積もりがないのなら、何かを語るのは止めてもいいと思います。

面白くもないですから。

じゃーお前ブログ読んでんじゃねーよ、って?
そうしますよ。

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No title

これからは、明らかに東洋の時代です。
思想も、少しは東洋的でもいいのではないですか?

自罰的の人の方が、他罰的な人よりも回復が早いと言いますが、実際、社会で成功している人は他罰的でポジティブシンキングの人が多い。いわゆる自分を正当化する言い訳に長けた人が多いです。
そして、何をやってもうまくいかない人は、自罰的でネガティブな考えで自虐的。こういう人は、他人から軽くあしらわれたり、無理難題をふっかけられたり、正直すぎるため、責任を重くとらされたりします。うまく言い逃れができず、相手との関係悪化を招いたりもするでしょう。これは嘘をつく人の方が、嘘をつかない人より前頭葉が発達しており、認知力が高く、優れているからだと言えます。
そして自罰的、自虐的な人は、自己免疫疾患にかかりやすいです。
抜け毛や膠原病というのも、自虐的な人に多いです。その他、ストレスでいろいろな肉体的、精神的疾患にかかりやすく、寿命も短いです。
東洋医さんも患者や患者のご家族からのクレームで疲れはて、結局は他罰的な医師に戻ること決心され、自分の言葉では直接攻撃を受けるから、過去の哲学者の言葉から、都合のいいものを抜き出し、問題はあなたの方にありますよ。と一生懸命、責任回避されているように見えます。
成功する人は他罰的ですが、それが良心的とは言えないようには思います。
そもそも生物で自罰的なものはあるでしょうか。周囲に迷惑かけているからアポトーシスしますという生物が子孫を繁栄できるのだろうか。
今生き残っている生物は他罰的な生物の子孫でしかありません。

北野と永山、センスねーwww
医者コンプ丸出し。泣き言は寝てから言えよwww
プロフィール

キチガイ医

Author:キチガイ医
平成25年4月よりTokyo DDCとNPO法人薬害研究センターを設立、平成28年1月からはうつ民のセレクトショップや無料メルマガもやってます(詳しくはリンクをご覧ください)。薬の減薬や断薬、支援施設運営や、執筆や啓蒙活動を通して、自分の素人的意見を発信していければと思います。当ブログはリンクフリーですが、リンクするときは一声おかけください。

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